歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


by pastandhistories

プロフィールを見る
画像一覧

タグ:national ( 1 ) タグの人気記事

nationalという言葉の象徴化、nationalなものの象徴化

 自宅の部屋は狭く、もともと部屋に本箱を置くのは好きでないので実際の文献を確認しながら文章を書くことはできませんが、あくまでもブログですので、メモ的に書いていきます。 
 昨日はクラシカルなものの象徴化ということを書きましたが、今日は national なもの、というより national という言葉の象徴化というテーマについてです。本当は national なものがどのように象徴化されるようになってきたのかという問題を考えていくべきでしょうが、大問題ですし、すでに色々な考察もありますから、ここでは national という言葉に議論を絞ることにします。
 もちろんこのこともまた大きなテーマであって、色々な確認のうえで書かなければならないことですが、歴史教科書的には nation とか national という言葉が登場するのは、アダム・スミスの Wealth of Nations と、フランス革命の時の国民議会 Assemblee Nationale、国民公会 Convention Nationale ということになります。 
 この二つの使用例がそもそも意味において同じなのか、またそもそも national という言葉がいったいいつ頃からこのような意味で使用され始めたのかはここでは論じないことにすると、やはり結論的に言えることはこの言葉は近代国民国家が成立していくという流れの中で、ある象徴性をもったものとして一般化したということです。そもそも日本語では national という言葉は「国家」「国民」そして「全国」と訳し分けられます。この言葉にどのような象徴的意味を付与するか、あるいは具体的な意味が内在しているのか、という考え方の違いが、訳し方が異なる理由です。しかし、いずれにせよ「国家」とか、「国民」とか、あるいは「全国」というものが具体性を持つものとして登場するようになった時期から、この言葉の使用はかなり一般化しました(ここで重要なことは言うまでもなく、そうしたものがある時期から具体的なかたちをとるようになったからといって、過去がそうしたものとして具体的に存在していたということではないことです。つまり日本という国家が存在するようになり、日本史が構築されるようになったからといって、過去に日本なるものが存在していたわけではありません)。
 19世紀のイギリス史をみてもそのことは理解できます。たとえばチャーティスト運動では national という言葉はある面では運動を支えたキータームとなります。運動をまとめあげた請願は National Petition ですし、代表者たちの集まりはフランス革命に倣って National Convention と呼ばれます。さらには後期の運動の結集体となった組織は National Charter Association でしたし、理論的指導者の一人であったオブライエンは National Reform という言葉を好み、それを自らが中心となった組織や急進的な新聞の名称として用いました。Nationalization of Land という主張も、そうした中で運動の中では唱えれるようになりました。
 急進的な運動の中でこのようなかたちで national という言葉が象徴的な機能を果たしたのは、やはりフランス革命の影響があったと考えてよいと思いますが(この点についてはまたあらためて書きます)、やはりもう一つの理由はイギリスでは19世紀前半に進行した政治上の諸改革や交通網の整備、あるいはそれに伴うメディアの発達によって、nationalizaton 、別の言い方をすれば「近代国民国家」の成立が進行していためだと考えることができると思います。そのようなかたちで国家や社会がnationalize されていくにともない、それに対する対抗的運動もまた nationalize され、national という言葉を象徴化するようになったということです。
 もちろん national という言葉が象徴化されたことは、それに伴う様々なものまた象徴化されていったということを意味していました。たとえば national な過去が急進的な運動の中にも作りだされ、人々の結合を推進していくことになりました。チャーティスト運動の中の言説に、そのようなかたちで構築されたナショナルな過去への言及もまた多く見出すことができます。
by pastandhistories | 2010-08-16 11:25 | Trackback | Comments(0)

カテゴリ

全体
未分類

以前の記事

2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 01月

お気に入りブログ

最新のコメント

先生は、「「民主主義」擁..
by 伊豆川 at 19:57
先生は、「歴史が科学であ..
by 伊豆川 at 17:18
『開かれた歴史へ 脱構築..
by 伊豆川 at 13:28
3月18日の会に参加させ..
by 伊豆川 at 08:33
セミナーで配布・訳読され..
by 伊豆川 at 14:44
先生の議論には、大筋で同..
by 伊豆川 at 17:10
私も今回のセミナーに参加..
by 伊豆川 at 18:55
先生が制度化された「真実..
by 伊豆川 at 00:29
先日、ヘイドン・ホワイト..
by 伊豆川 at 20:53
人間に関心や理解を促す語..
by 伊豆川 at 22:33

メモ帳

最新のトラックバック

「変化する可能性」
from 右近の日々是好日。
プラグマティズム
from 哲学はなぜ間違うのか?

ライフログ

検索

タグ

人気ジャンル

ブログパーツ

最新の記事

ネットの情報管理
at 2017-03-08 16:02
パブリックな場の歴史とのかかわり
at 2017-02-26 09:04
大きな歴史と小さな歴史
at 2017-02-23 09:56
ファミリーヒストリーとグロー..
at 2017-02-16 22:04
ファミリーヒストリーについて..
at 2017-02-13 11:55

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

歴史
哲学・思想

画像一覧