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歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


by pastandhistories

時間がない

 国際歴史・歴史叙述理論学会(ICHTH)はもともとは国際歴史学会議に集まった歴史理論研究者によって結成されたもので、国際歴史学会の際にAFFILIATION学会として会合を開催しています。この時もそうした会合が開催され、自分もはじめてこの会に参加することになりました。ヘイドン・ホワイトも参加していて、大会の最後の方だったと思いますが、そのメンバーで夜食事に行こうということになり、集合場所に集まったことがあります。ホワイトと直接話をしたのはこの時が初めてです。名前を紹介して以前に書いたものを英文化したものを彼に手渡したというその程度の出会いでした。結局この日は、メンバーは町に食事に行ったグループと、大学の寮に残り食事をしたグループに別れ、自分はエドワード・ワンに誘われイッガースなどと寮で食事をしたので、ホワイトと話す機会はありませんでした。
 ホワイトをもう一度見かけたのは、大会の閉会式の前日、実際的な議論が最後に行われた歴史理論のセクションでです。しかし、この時のホワイトはいかにもホワイトらしく、最初の二人位が報告をすると、それぞれの報告に事前に何のすり合せもない、ただそれぞれが勝手に報告をしているのなら会議の意味はない、と発言するとさっさと帰ってしまいました。
 ホワイトと本当に話をする機会が得られたのは、その2年後にスペインのオヴィエドで開催されたPOWER AND CULTUREというカルチュラルスタディーズの国際会議の時です。この会議にホワイトとキース・ジェンキンズがチーフスピーカーとして招待されているということをネットで知って、それなら参加したいと思い、「歴史と画像・映像」について書いた論文を英文化し、ペーパー募集に応募したところ報告者として受け入れられたからです。当然この会でホワイトと再会することになりました。
 結局のところ海外の研究者に会う時に言う言葉は「Do you remember me?」なわけで、これに対する一度ほんの少ししか会ったことしかない人物に対するホワイトの言葉は、意外にも「Yes」でした。その理由は、「今回のお前のアブストラクトを読んで面白いと思った。それでシドニーでペーパーをもらっていたことを思いだし、それを読んだからだ」というものでした。本当に予想外のものでした。まったく知らない人物であっても、少しでも自分が関心を持てそうだと、それを読んでみるという姿勢には本当に驚かされました。このオヴィエドの会議でも、若い無名の研究者の多い会議でしたが、分科会のすべてに参加し、きちんとノートをとり、批判的な考えを含めて意見を述べて議論しあうという態度は一貫していました。またこの会議のさなかにホワイト、ジェンキンズ、大会の主催者、それから自分の4人で昼食にいった時も、たまたま同じ食堂に参加していた院生や学生のグループがいるのを見つけると「遠慮せずに席を一緒に並べて食事をしよう」と提案したことがありましたが、そうしたことが彼の人間としての姿勢にはあります。
 彼が日本に来てもよいという意思を示したのは、その二ヵ月後に上海で開催されたICHTHの時です。その後の経緯には色々あるのですが、彼がその間いっかんして語っていたことは「自分にはもう日本を訪れる時間が残されていない」ということです。誰しも高齢で健康的な問題を言っているように理解しますが、彼はこの言葉を「もし外国に行くにしても、その国の言葉や思想的な状況をある程度自分のものとしてでなければ、自分の話は一方的なものとなってしまう」という意味で繰り返していました。「ヨーロッパは自分はある程度理解できる。中国についても一定のことは考えてきた。しかし日本のことはわからない。だから日本には行くだけの時間が自分にはもうない」ということです。
 このことがホワイトの来日が当初の予定より1年遅れた理由なのですが、感心することはその間にホワイトが日本人の書いた哲学や歴史の欧文の論文を随分と読んでいたことです。京都に行く電車の中で色々な人の名を挙げていましたが、そこで名前の挙がった一人にその後聞いたところ、その人自身はホワイトのことをよく知らない人でした。あまり一面的なオマージュを書くのは厭なのですが、ホワイトの人間としてのあり方にそうした姿勢が一貫していることは確かです。
by pastandhistories | 2010-08-05 14:50 | Trackback | Comments(0)

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