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歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


by pastandhistories

博物館

 原稿の一つは大体の下書きが終わりました。一気に書いたので結論が問題提起というより大分過激になってしまったような感じがするので、時間をかけて修正していきます。締め切りは12月で、刊行は4月で随分先の話ですが、一つ仕事が片付いたということです。ということでオスロの国際文化史学会(ISCH)の話の続きに戻ります。
 オスロで最初に聞いたのはトニー・ベネット(西シドニー大学)の基調報告です。ベネットはイギリスのオープンユニヴァーシティに長く在籍していた人で、植民地支配問題や博物館論などをテーマとしている人、ポストモダニスト的なカルチュラルスタディーズに属するとされることのある人物です。報告のタイトルは、Time, Habit , Memory and Colonial Governmentarities(というものだったと思います)。内容は、フェリックス・ラヴェッソン、テオデュール・リボー、ベルグソンらの本能論、記憶論、習慣論、意志論などをふまえて(ここでは条件反射的(本能)なものと、一定の時間を経ての反応である意志や習慣が議論として区別されたことや、逆に自発的な運動が習慣によって本能的な運動へと変化するという議論があることが紹介されました)、それがJ・S・ミルやウォルター・バジョットらの自由主義的な思想家の政治理論や、文化人類学者であるエドワード・バーネット・タイラーのprehistoryとかsavageの理解の仕方にどう関連しているのかが説明されました。正直言って論理的に組み立てられているといえばそうなのですが、このあたりをきちんと読んでいないと難しい部分がありました。さらにこれが自由主義的な思想と植民地統治の関係、さらにはアボリジニに対する対処のありかたと関連させるかたちで批判的に論じられたのですが、具体的な統治のありかたへの言及は少なく、そうした問題を特定の思想家の議論だけを選んで議論されてもというところもありました。ベネットをはじめとする大会での一連の基調講演は、参加者には映像がメールで送られてきていて(2週間くらいで消すようです)、それを見直してみても意図はわかるのですが、議論に少し無理があるような感じがしました。
 ただ彼の報告に関連して言えることは、これはアテネでもそうした傾向がありましたが、他の基調報告者や大会の参加者に博物館(学)関係の人が随分と多いなという印象があったことです。このことは大学を中心とした活字での歴史の記述から、歴史(研究や表象)の流れが、そうしたものに確実に移りつつあるということを示しているのだと思います。
 歴史の目的が、過去の実在の表象、というよりその再現前化にあるのなら、それがより具象的なものを目指すのは当然のことです。その意味では「展示」という表象のあり方は、「記述」という表象より、歴史の目的に合致している。しかし、学問としての歴史というヒエラルヒーにおいては、なぜか大学に所属するhistoriographersが上位に位置している、これは本当は奇妙なことです。
 なぜそうした現象が起きるのかというと、その一つの理由は、実際には博物館がたとえ過去の事実の忠実な再現前化を行っていても、費用の問題や、公的施設であるという制約から、きわめて限定された「展示」を観覧者の認識を共同にするかたちで行っているからです。これに対して歴史記述を主とする歴史研究者は、実際には個々によって大きく異なる過去の再現前化を試みているからでしょう。
 ここにあることは、記述的歴史はそれぞれが異なったものであるがゆえに、その「事実性?」をむしろ学問的に評価されているという逆説です。この問題は歴史にあるかなり重要な問題を指し示しています。もちろん、事実性を重んじた「展示」を主とする歴史研究者が、しばしば構築性が大きく内在する「記述」を主とする歴史研究者に対して「学問的」な地位がはるかに低いという問題は、それはそれとして問題とされていかなければならないことなのですが。
by pastandhistories | 2011-08-19 16:25 | Trackback | Comments(0)

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