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歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


by pastandhistories

ロシアでは、ロシアは

 ここで書くようなことは、本来一冊の本のテーマとしてすべての教科書全部を点検して丁寧に書くべきことです。また教科書執筆には一定の制約があるわけで、その意味では執筆者を批判するという意図でこの文章は書かれているわけでもありませんが、『詳説世界史』(山川出版社)を例に挙げると、「ロシア」という言葉が世界史教科書に最初に登場するのは、ノルマン人の移動に関してです。全文引用ではありませんが「(ルーシ)は、スラヴ人地域に進出、9世紀にノヴゴロド国を、ついでキエフ公国を建設し、これがロシアの始まりとなった」(135頁)という文章です。ルーシがその呼称の由来はともかくとして本当にノルマン起源かは論争の対象ですが、ルーシと呼ばれる人たちが建国したとされるキエフ公国は後代の呼称であって、史料的にはルーシが当時の呼称であって、キエフを首都としていた国家です。
その次に「ロシア」が出てくるのは140頁から141頁にかけて、すでに引用した文章と重なる部分もありますが「ドニエプル川中流域に展開した東スラヴ人(ロシア人、ウクライナ人など)が住むロシアでは、9世紀にスウェーデン系ノルマン人がノヴゴロド国、ついでキエフ公国を建国、まもなく先住民に同化してスラヴ化した。10世紀末、ウラディミル1世は・・ギリシア正教に改宗しビザンツ風の専制政治をまねたので、以後ロシアは西欧とは別の文化圏に入ることになった」という記述です。この頁のやや後にはいわゆる「タタールのくびき」後のモスクワ大公国の勢力拡大が、イヴァン3世、イヴァン4世の統治などを紹介するかたちで説明されています。
実はこの記述は、202頁では「ロシアでは、16世紀にイヴァン4世が貴族を抑えて専制政治の基礎を固めた」という文章で受けられていて、さらに同じように210頁で「ロシアでは、17世紀に・・・帝位を継いだピョートル大帝が・・改革をすすめた・・ロシアは東方の大国としての地位を固め、ヨーロッパの強国の一翼をになうようになった」と述べられています。つまり16世紀と17世紀に関してはロシアではと記されていて、最後の部分でロシアはという記述になっています(おそらく1721年のロシア帝国の成立以降、ロシアはという主語的表現を使用するということでしょう)。
このように「ロシアでは」とか「ロシアは」と記されているわけですからロシアという実体があったということなのですが、それが国家を示しているのか、場所なのか、それとも民族的な共同体、あるいは超歴史的な実体なのかは、こうした記述ではよくわかりません。少なくとも10世紀以前にルーシ(キエフ公国)があったとしても、それはモスクワ大公国やロマノフ朝(ロシア)とは場所的に異なるものです。現在の国家で言えばキエフ公国と位置的に近いウクライナは、17世紀末の分割まではポーランド・リトアニアに属していたわけで、その後ロシア帝国に併合されたとはいっても、第一次大戦後は独立し、その後はロシア(ソヴィエト連邦社会主義講和国)とともに連邦国家の一員としてソヴィエト連邦(ロシア連邦ではありません)を形成し、現在は独立国家であり、言語的にも現在のロシアとは異なる社会です。
 だとするなら「9世紀に現在のウクライナの首都であるキエフにキエフ公国(当時はルーシと呼ばれた)が建国された」と書くのがより正確ではないかと思いますが、教科書にはそう書かれていません。このことと関連しますが、実はウクライナは『詳説世界史』ではソ連の形成と解体に関して登場するだけです(304頁、363頁)。
 あらためて書くと、このようなかたちで教科書に書かれているロシアは今のロシア国家ではない(ウクライナは含まれていません)のだとすると、一体どんなロシアなのでしょうか。もし18世紀に成立したロシア帝国をなぞらえたものだとしたら、「帝国」時代を本質的な実体として超歴史的に措定しているという点できわめてエッセンシャリスト的な、かつ保守的(さらには帝国主義的)な議論です。誰が書いたのかはわかりませんが、今回の記事を書くにあたってウィキペディアの「キエフ大公国」を確認したら「国民国家史観を中心とした研究史においては、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアの三国の共通の祖国とされる。」と書かれていて、「教科書」と「ウィキペディア」の意外な違いに気づかされました。
by pastandhistories | 2012-06-23 22:41 | Trackback | Comments(0)

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