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個人・事実

 鴻上尚志さんの『不死身の特攻兵』(講談社)がベストセラーになっているようです。広告によれば既に13万部。この勢いはしばらく続くでしょう。このことはいろいろなことを考えさせてくれます。
 なによりもこの本が大きな関心を集めた理由。それは出来事の解釈にあった諦念を打破したことです。特攻については随分と数多くの映画が作られ、本が書かれて来ました。代表的なものとしては、家城巳代治監督による『雲ながるる果てに』、それから少し趣きを変えた岡本喜八監督の『最後の早慶戦』という佳作もあります。他方では、近年の『永遠のゼロ』のような意味内容を含むものも少なくありません。しかし、両者に共通していたのは、状況には抗いがたいというある種の諦念です。状況が抗い難いとすれば、残された道はかつて小田実が論じたように、疑問を持ちながら死に赴くという「難死」か、あるいは死を美化する「散華」しかないことになります。
 『不死身の特攻兵』が明らかにしたのは、実はその両者でもない第三の選択肢があったということです。時代がきわめて強迫的なものとして生み出す同調圧力に対して、徹底的な合理的判断を基礎として抗う。それが自らを守ることにもなるし、そしてまたその同調圧力にしたがって他者の抑圧に加担する、この場合他者への圧力というのは、個人としての最も基本的な権利である生死への権利を剥奪するということですが、そのことへの加担を断固として拒否するということ生み出すということです(逆に政治家も上官もメディアも御用知識人も時代に同調し、個人の最も基本的な権利である生死に関する権利を奪ったわけです)。
 逆に鴻上さんの本は、状況がいかなるものであれ、人間として最も守らなければならない倫理的なルールに従うという道はつねに選択肢として残されているということを明らかにしたわけです。おそらくそれが『永遠のゼロ』が闊歩するような時代状況の中で、ある種の諦めを感じていた人に勇気を与えるものだったということが、この本がベストセラーになっている理由でしょう。有力な書き手への忖度から出版社として姿勢を失いかけていた講談社からこの本が出されたことも、今後に意味を持つのではと思います。
 もう一つこの本で重要なことは、歴史研究という視点から言えば、戦争を必然とするようなマクロ的な解釈に対して、一人の個人の行動のあり方というミクロ的な「事実」を対置したことです。「解釈」に対する「事実」の対置。それが歴史研究者ではなく、劇作家によって行われたということは、とても大事なことです。そこでは、過去に対するミクロ的な視点は、むしろフィクションをとおして行われてきたことの方が多かったということが示唆されています。もちろん今回鴻上さんはそれを事実として描いたわけですが、今回この作品が示している問題は、歴史研究者に対しても大変示唆的です。
 最後にもう一つ大事なことは、なんといっても事実を描いた『不死身の特攻兵』がベストセラーになっていることです。その理由は、最初にも書いたように、この本が現在の状況の中で多くの人々がその解答のあり方を求めてアクチュアルな問題に対する答えの一つのあり方を提示するものだからです。ただミクロ的な事実を書けば研究として優れているというわけではありません。現在的な状況を問い、人々の関心へ答えていくものあれば、多くの人に読まれうるものになるということを、『不死身の特攻兵』がベストセラーとなったことは示しています。

by pastandhistories | 2018-02-18 10:01 | Trackback | Comments(0)
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