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1968年と2018年

注文された二つの仕事、北京での講演と英文原稿はそれぞれ片付きました。原稿の方は今日編集者からメールが来ました。ネットジャーナルというかたちですが、今月には出るのではと思います。 
 ということで少しのんびりして、体のケアー。まずは歯医者通い。おとといは神田で人と会う用事があったので、ついでに書店へ。1968年関係の本がいくつか出ていたのでそれを購入しました。50年目ということで色々企画があるようです。ぱらぱらめくっただけですが、「グローバル」な視点から論じるという試みが多いようです。文献や資料は随分とあるはずなのに、基礎的なものが抜けていて、それでいて海外の文献が羅列されている。歴史として論じるなら、少なくとも『歴史として、記憶として』も読んでほしいなというのは、我田引水的な感想です。
 それ以上に思うことは、1968年の問題は2018年の問題だということ。1968年を論じるならその時代の若者が持った状況への批判意識を、2018年という状況に対してより鋭いかたち持っているのかが一番大事だと自分は考えています。そう考えれば、1968年をただ「学問的」に論じようとしている自己への批判的意識がまず先頭に来るはずで、そうした自己への批判意識を何よりも前提として、2018年という状況への問いとして、1968年は論じなければならないということに気づくはずです。
 折からスポーツの試合での事件きっかけに、日大の現状が論じられるようになりました。大学にあってはならないような、専横的な支配体制。1968年の日大闘争が問いただそうとしたのは、そうした問題だったはずです。そしてそのことに極めて多くの普通の学生たちが怒りをもって立ち上がった。2018年という現在、日大の状況はさらに劣化していた。しかし、そのことに対してどれだけの学生が怒りをもって立ち上がっているのか。なぜ立ち上がれないのか。そう考えれば、現在大事なことは、1968年を歴史として美化したり、懐かしんだり、歴史として整理することだけではなく、2018年という状況に自分がどれほどの怒りを持っているのか、そうした怒りが1968年にアプローチする出発点でなければならないはずです。
 東大闘争もまた同じです。1968年の東大闘争の大きな契機となったのは、大学当局による学内への機動隊の導入です。対して現在、2018年には、加計学園系2大学と日大には危機管理学部と称する、実態は多くの元警察官僚、内閣調査室OB,防衛省OB、保守的政治家を収容する学部を設置されていました。彼らに天下り先を提供することによって、政治家や官僚の不正が黙認されるという政治的枠組みを保証するものとして大学が機能していたということです。専門的領域に逃げ込むことによって自己の社会的機能を反省することのない教員への批判が1968年の多くの大学闘争の一つの原因だったわけだけど、2018年という現在の状況はそれよりはるかに劣化している。しかし、それに対する批判は、学生にも若手研究者にもない。そのことへの問題関心が1968年を論じるなら必要ではないのでしょうか。
 「あらゆる歴史は現代史」であるという有名な言葉がありますが、その現代を「グローバル」という視点だけで捉えていいのでしょうか。2018年という現代への批判的関心を欠如させたままのものでいいのでしょうか。

by pastandhistories | 2018-06-02 20:33 | Trackback | Comments(0)
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