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11月23日、トマ・コヴァン

 まだ蒸し暑いようだけど、暑さは峠を越しつつあるようです。今週末は関西で、シュテファン・ベルガー、ベルベル・ビーヴェルナージ、イム・ジヒョンなどを交えての研究会、行ったり来たりも面倒なので、そのまま関西に滞在して(ついでの書評原稿を書きあげて)、7日の関西でのパブリックヒストリー研究会(第3回)で発表をして、翌日別の研究会に出て帰京します。その間は原稿書きの以外の予定は無いので、もし会う機会が作れればという人がいたら連絡して下さい。
 ということなので、この間は出発前にメールで今後の予定の相談などをしていました。その一つは、以前に11月下旬に日本に立ち寄りたいという連絡があった国際パブリックヒストリー連盟会長 Thomas Cauvin (現在はコロラド大学の教員で国際会議では英語的にトマス・コーヴィンと呼ばれることもあるのですが、本人自体はフランスの出身なので、トマ・コヴァンと表記することにします)の滞日中の日程です。このことに関しては、せっかくだからということで講演を頼んでいたのですが、昨日本人からメールがあり、11月23日(土)開催で引き受けてくれるという連絡がありました。近著の Public History: A Textbook of Practice (2016)を読んでもわかりますが、全体を見渡したバランスのよい議論をしている人ですので、かなり期待できるのではと思います。ほぼ場所も固まりつつありますが、正式に決定されれば、パブリックヒストリー研究会やここで詳しく告知できると思います。
 なお国際パブリックヒストリー連盟に関しては、来年8月に第6回大会をベルリンで開催することが正式に告知され、CFPも始まっています。関心のある人は参照してください。他国からの参加者を交えたパネルに単独で応募することもできますが、日本から参加者を中心としたパネルも計画中ですので、それに参加を希望する人は連絡してください。

by pastandhistories | 2019-08-28 08:33 | Trackback | Comments(0)

ピータールー事件の映画化

 昨日はお盆休みを利用した同じ年度の史学科の卒業者の飲み会。午後の6時からだったので、都心に出たついでに『ピータールー』を見ました。満席。歴史上の事件を扱った映画だけど、日本人には、とりわけ最近はなじみのない出来事。にもかかわらず満席ということで、随分とびっくりされられました。
 この事件の代表的な専門的研究者は、ロバート・プール。このブログでも紹介したように、2月にマンチェスターで開かれた「歴史とフィクション」研究会では、この作品を素材とした「歴史と映画」についての基調報告をしています。その報告の前に、まさにセント・ピータース広場でサンドイッチの昼食を食べながら、二人で話をしました。彼の名前がエンディングに出てくるように、かなり程度史料に基づくかたちで、当時の裁判や労働者の日常生活などを、あるいは人物の具体的発言を取り入れるかたちで、アラカルト的に脚本が作られています。その分やや展開が散漫で、ドラマ的構成はあまり強くはないので、評価が分かれるところはあるかもしれません。
 過去の事実をなぞった映画なので、内容を理解するためにはかなりの知識も必要。イギリス人にとってはなるほどと分かるだろうところがあるけど、日本の観客にとってはやや理解が難しいのではとも感じました。たとえば劇中にオリヴァーが登場します。暴力的行動の挑発や当局に情報を売ることを示唆する画面が出ては来るのですが、それだけではこの人物が有名なスパイであったことは分からないかもしれません。後に回想を書いたサミュエル・バンフォードもハントに対比されるかたちで民衆の自衛的武装を主張した人物としてかなり大きく扱われていますが、映画では肝心の場面からは姿を消したということがクローズアップされていて、この事件を理由に逮捕され投獄されたことなどは理解できないかもしれません。また義勇兵と軍隊の区別も。画面では制服が異なること、さらにはせりふを通して指揮系統や行動のとり方が異なることが示されてはいるけど、ある程度の知識がなければ分かりにくい。落馬させられた義勇兵に対して、集会への参加者が名前を呼ぶ場面があるのですが、その意味も義勇兵についての知識がないとよくは分からないでしょう。
 しかし過去の事実の実態を伝えようとするところも少なくなく参考になります。たとえばクライマックスの集会にハントが登場するシーン。象徴としてもちいた白い帽子で自分の登場をヴィジュアルにアッピールするところが繰り返し映し出されますが、実際に集会が開かれると膨大な参加者にはその演説などまったく聞き取れない。参加者は相互に勝手に私語し合っている。これは当時の屋外の大衆的な集会のあり方としてはたぶん正確な描写です。逆にそれ以前の末端での小さな集会で、あるいは家族の中で伝えられる知識や考えが、当時の民衆運動の源泉であったという視点が重視されている。そこでの議論や会話は明確なものとして、すべての人々によって聞き分けられ、理解されたものとして描かれている。雑然たる大衆集会、そしてクリアーな小集会・集団という対比で、その分散漫に感じるけれど、明確な意図も感じます。
 こうした描き方にも示されているように、大衆的な集会での(当時形成されつつあった)職業的な指導者の演説内容は実際にはほとんど聞き取れなかった。にもかかわらず彼らがその地位を確立するようになったのは、ヴィジュアルな象徴の利用、そしてこの映画でも示唆されていますが、その演説内容が新聞というメディアを通じて、地域社会に、あるいは全国的に伝えられるようになったから、その媒体となる記事を書く記者たちが職業的なかたちで存在するようになったからです(職業的指導者自らが新聞を発行するようにもなっていきます)。
 民衆運動史の研究者としての経験から言うと、そのようなかたちで残された活字的史料が実証的な研究の最初の手がかりなわけで、基本的には実証研究はそれへの若干のプラスアルファーに留まりがち。映画がクリアーなものとして描いた、運動の基盤であった民衆社会の具体的あり方は、実はその多くが史料としては残されてはいないもの。今回の映画もまたそうであるように、映像はそれをきわめて具体的なものとしてクリアーに映し出す。それを単にフィクションであるとしてよいのかという問題が、ローゼンストーンがそのことを問題として提示して以来、議論され続けている問題なわけです。

by pastandhistories | 2019-08-15 10:23 | Trackback | Comments(0)

9月7日

一ヶ月後の研究会のお知らせです。関西での議論の機会をということで、計画されました。。

第7回京都歴史学工房 × パブリックヒストリー研究会 共同研究会
日時:2019年9月7日(土):13:30〜17:30
会場:京都大学文学部 第1講義室
プログラム
1. 岡本充弘(東洋大学)
「パブリックヒストリーを考える、パブリックヒストリーを行なう」
2.菊池信彦(関西大学)
「タイプ別デジタルパブリックヒストリーと歴史研究者のための”デジタルアーカイブ”の作り方」
3.全体討論

by pastandhistories | 2019-08-08 08:33 | Trackback | Comments(0)

鷹の眼

今日はこんな文章を紹介しておきます。

「鷹の眼」
擬態は不思議である。代表的なものは木の葉蝶やナナフシである。そのユーモラスなほどの精緻さは、神でなければ、これほどの造型を自然界に持ち込むことはできない、と私たちに錯覚させるものがある。
 しかも擬態の不思議さは、それが人間のもつ目からはそう見える、ということにある。視覚器官のひとつである眼球などの構造と機能、その能力は生物によって異なる。したがって、本来的には擬態は、捕食する動物から見た場合には錯覚してしまう、というだけでも十分なはずである。人間が木の葉蝶やナナフシを絶滅にいたるまで捕食するという話は、あまり聞いたことはない。
 他の動物に比べると人間の眼はかなり精緻なものだといわれる。色彩や形状、さらには遠近にたいする認知能力は他の動物に比してかなり高いといわれている。たとえば犬や馬が人間でいえば近視にあたり、牛は色覚が限定されている、としばしば指摘される。哺乳類ですらそうである。その他の生物はそれ以上に人間と同じようにものを視てはいない。これも事実だろう。
 というより生物は、捕食するものに対する認知能力さえあれば、逆に捕食される危険を察知する能力さえあれば、さらには生殖にかかわる若干の認知能力さえあれば、基本的には十分なのである。
 カラー映画を撮ることをある時期まで拒否しつづけた黒沢明が、はじめて画面に白と黒以外の色をもちいたのは誘拐をテーマとした『天国と地獄』である。犯人への合図として画面に登場した赤い煙は、それだけでその場所をくっきり示していた。画面全体に色彩が満ちていたら、あの一条の赤いサインはあれほど鮮やかには認知されなかっただろう。
 はるか上空を舞う鷹が地上の小動物を一瞬にして襲うことができるのは、あの鋭い目が総合的に優れた認知能力をもっているからではおそらくない。ただ自分が捕食しようとする一点を見極める能力が高いということなのだろう。鷹には小動物が『天国と地獄』の一条の赤い煙のように見えているのだろう。というより他のすべてのものは、ただ茫漠たる曖昧としか見えていないのかもしれない。
 「鷹の眼」は確かに鋭い。しかし、それはきわめて単純化された記号を認知する鋭さでしかない。単純化された記号を様々なかたちで社会が強要する時代にあって、私たちが「鷹の眼」をもっても、それは文字どおりの退化でしかない。より複雑な多様な全体を、たとえ能率が悪くても視ようとすることが、そうした能力を本来のものとして与えられた私たちの義務である。人間はとりわけ社会に対しては、そうした能力をもちつづけなければならない。



by pastandhistories | 2019-08-01 11:40 | Trackback | Comments(0)

誰にでもある権利

タリンでの国際文化史学会について6月末から7月初めにかけて集中的に書いてからは、21日のパブリックヒストリー研究会の準備に少し時間を取られていたこともあって、次回の会合についての簡単な予告を書いた以外には記事を書いていないのに、少しアクセスが増え始めたようです。ということなので、問題提起的な記事を少し書こうと思います。それは参議院議員選挙の「れいわ」からの当選者にかかわることです。
残念ながら、今の日本では予想通りこの当選者たちへの批判があるようです。この点について思い出すことは、自分の在職中に史学科に目の見えない学生が入学してきたことです。自己推薦(面接重視で、5倍程度の倍率)という試験制度での合格で、本人は古代史を希望していたのですが、古代史の担当教員も、面接を担当して推薦合格を推した教員も結局はこの学生を引き受けず、自分が担当することになりました。授業運営にはかなり苦労しましたが、黒人霊歌で卒論を書き卒業しました。しかし、この学生の扱いに関しては、とりわけ実証を重視する教員から疑義が出ました。「史料」(文書)を読めない学生が史学科に入学させるのは妥当ではないという議論です。「れいわ」からの当選者は、国会議員という仕事には妥当ではないという議論とある種の共通性のある主張です(もちろん全く同じではありませんが)。
目の見えない学生は史学科には妥当ではない。もっともらしく聞こえますが、では耳の聞こえない学生はどうなのでしょうか。おそらくそれを理由に、史学科には受け入れないほうがよいと議論する教員は少ないでしょう。皆無かもしれません。彼らは過去の事実を伝えるとされる文字史料は読めるからです。しかし、過去は文字だけではなく、豊富な音声もまた存在していた時代です。そうした音声を直接的に記録するものが、録音システムが発明されるまでは存在していなかったために、過去はきわめて限定された形で伝えられ、それが歴史とされていただけです。しかし、現在は音声もまた記録化されています。したがって、そうした記録が現在では、基本的な史料として用いられています。後世においてもそうなはずです。だとすると、そのことが歴史学の基本的要素となっている後世においては、耳の聞こえない学生は史学科には入学できないのでしょうか。そんなことはないはずです。
こう考えると、目が聞こえない、耳が聞こえない、ということを史学科への入学の絶対基準として論じることの奇妙さに気づきます。もちろん、技術を要する職業、芸術やスポーツ、などの様々なプロフェッショナルな世界においては、それに対する身体的能力が求められることは確かです。しかし、歴史学に関していえば、それは大学院レベルにおいて初めて基準とされるべきことでしょう。大学はより一般的な世界です。そこで、目が聞こえない、耳が聞こえないということを排除基準とするのはおかしい。そもそも人間がどう生きてきたのか、そしてこれからどう生きていくのかという意味での歴史は、「目の見えない人」「耳の聞こえない人」の世界の中にも、様々なかたちで存在しているものです。彼らにはそのことをより深く大学で学ぶ権利があります。

by pastandhistories | 2019-07-26 21:15 | Trackback | Comments(0)

パブリックヒストリー研究会、第3回、第4回の予定

 第2回パブリックヒストリー研究会は50名近くの参加を得て、昨日無事終了しました。驚いたのは、今後の会の運営についてのディスカッションをするというかたちで設定されていた午前の部にも、予想を超える人が集まってくれたことです。この時期は会の重なりなどもあって忙しい時期ですが、それだけ会の今後に関心をもち、積極的に発言をしたいという人が多いのだと思います。
 今日はそこでひとまず今後の予定として決まったことを書いておきます。一つは、東京での会議には関心があっても関西方面の人は参加しにくいところがあるので、8月の末から9月初めにかけて、関西での会合(第3回公開研究会)を予定していくことになりました。実は次の研究会は9月頃に発表者を公募というかたちで開催するということも考えていたのですが、公募者による発表準備にはもう少し時間が必要そうです。ただこのことに関しては、広く開かれたかたちで発表者を募りたいので、関心のある人は準備を進めておいていただければと思います。
 したがって今後の予定としては、まずは前述日程で関西で次回公開研究会を開催し、12月に第4回公開研究会を東京で開催する予定です。日程、場所、発表者の最終的確定は多少の時間がかかりそうですが、関西方面でこの関心に企画のある人には、ご協力をお願いする次第です。

by pastandhistories | 2019-07-22 10:24 | Trackback | Comments(0)

ISCH(タリン)⓾

ISCHに関しては今日で終わり。最後に参加したセッションは、Varieties of Photographic History というタイトル。報告はそれぞれ文字通り写真をめぐって。最初の報告者は、ロシア科学アカデミーのオリエント研究機関に属するイリーナ・グルシコヴァ。ロシア人ですが、発表内容は2018年にケンブリッジ大学図書館のハーディング文書から発見された インドの Dhar State の国王一族を撮影した写真に関して。王室を撮影したもので、オリエンタルなものに対する優越的な視点があるというのが報告の趣旨です。そのことをここでは書きにくいのですが、撮影された肉体的資質などを合わせて論じました。
二番目の報告者はリトアニアのヴィリニス・アカデミーの女性。名前の発音がよく聞き取れませんでしたが、ナリュシテではないかと思います。アンタニス・ストクスがニダの砂漠を背景に撮影したサルトル(とボーヴォワール)の写真を、その様々なパロディーと合わせて紹介しました。サルトルは1965年にはソ連(や社会主義国家)への同調者として評価されていたわけで、それがその後にどのようにカリカチュアライズされるようになっているのかとしてあげられた写真が、サルトルの思想的内容を巧みに表現したところ(ストクスの写真自体もそうですが)があり、面白い発表でした。
三番目の報告者は、Bergen 大学のエヴァ・レームという女性。19世紀末から20世紀初めにかけて、ノルウェーに送られたアメリカインディアンの写真の紹介。洋装をした老人、羽根飾りの正装ををしたもの、居住地の写真(絵葉書化され、実際に郵送されたもの)、家族の正装写真、それに白人を交えて撮影したもの、などです。興味深く思ったことはすでに白人名が写真に付されていたこと(実際の名前だったかはわかりません)、鼻の形がかなり高く、混血化をうかがわせるところを感じさせられたことです(そうした説明があったわけでありません)。
最後の報告者は、ロシア・ステート・ユニヴァーシティのクセニア・グサノヴァ。この人も女性。まだかなり若い感じですが、自信満々。パフォーマンスも巧みで、この人は今後注目してよいかもしれません。発表内容はある意味で常識的なもので、2枚1組の写真を比較し、それぞれのポージングの違いをとおして、ジェンダーや人種の表象のあり方、差異化がどのように行われているかを説明しました。例えば女性の手の伸ばし方の限定(フレームでの枠づけ)、太っててはいけないという限定化(横からの撮影)、男の喉の撮影の仕方、女性の足の組み方、等々。そしてそれらの撮影のされ方が人種によってさまざまに差別化されているという問題です。文字通りやや「図」式的でしたが、その分わかりやすく説得力がありました(一方で恣意的な対比化、選択があるのではという質問が当然出ましたが)。
以上がこのセッションでの報告ですが、今では会での報告はほとんどがパソコンに内蔵してきたものをスクリーンを通して行います。特に図・画像はそうです。多くの参加者は、その大事なところはスマホで撮影して残すわけですが、自分は持参していなかった(というより普段も持っていない)ので、手元に記録がなく、また記憶も薄れてしまっています。多くの報告は発表時間が20分なのでパワポも要旨をまとめて急ぐ。ほとんどはノートに写しても間に合わない。画像が次々と映し出される場合はさらに難しい。学生のように、ノートはとらずスマホ(あるいはパソコン)に写して残すということがこれからは、特に海外の学会に参加する人には必要になるのではということを、このセッションでも、今回の会全体に関しても強く感じました。

by pastandhistories | 2019-07-07 07:52 | Trackback | Comments(0)

ISCH(タリン)⑨

ISCHの報告も後2回。ということですが、昨日は途中まで書いてまたしても入力ミス。でも後少しなので、頑張って書き終えます。最終日の朝に参加したのは、ケンブリッジ大学のスジット・シヴァスンダラムの基調報告。インド系の人。「グローブの形成:ベンガル湾からの科学の文化史」というタイトル。そのタイトル通り、話の内容は科学史的なアプローチからのグローバルヒストリーといったもの。グローバルヒストリーについてのコンセンサスはないとしつつ、ユニヴァーサルヒストリー、ワールドヒストリーとの違いに言及し、科学(的認識とされるもの)が、地球的にどのように広がったのか、地球をどう考えるようになったのかという話をしました。話が結構多岐にわたって、色々のヒントがあって、それをノートに記したので見直すとまとまらないこともありますが、それらを含めて今日は書いていきます。
最初に例をとったのが、1827年にマドラスで行われたという振り子の実験。科学的知識のグローバル化という例なのでしょうが、意外なので戸惑いました。西洋で生じた科学的知識のグローバル化ということを日本に当てはめれば、『蘭学事始』と並行した解剖ということになると思いますが、たしかに西洋起源の科学的知識が empirical なアプローチを伴なうかたちで確認され、拡延していったことは事実でしょう。またこの話で感じたのは、インドへの広がりという距離感です。確かにイギリスからインドというのは、地球の反対側くらいの距離がある。と思ったのですが、イギリスから見た地球の裏側はニュージーランドの少し南。一昨年日本からみて地球の裏側であるブラジルに行ったときに、欧米に行くのとは違う新鮮な感覚、地球が丸いということを実感したようなところがあったけど、イギリスのインド到達、さらにはオーストラリア、ニュージーランドへの到達は、地球観という点ではコロンブスの大西洋横断以上の意味があったかもしれません。
シヴァスンダラムはこのようにして広がった科学的アプローチが、今度は当該地域の気候、具体的にはインドのモンスーンの認識へと生かされ、それまで地域的なものとして限定されていた知識が、異なる地域についての知識を包摂したビッグデータとなることを通して、新しい世界観やグローバリティをもつ科学が生まれるようになったことを指摘しました。これは現在の話ですが、例えば現代人は衛星から撮影した雲の動きを示す天気予報を見て、それぞれの地域の天気がどのように変化していくかを理解しています。そうしたグローブ全体を対象とした科学的知識を前提としながら、個別的なことのあり方を理解するという思考が19世紀には生じはじめていたというのが、シヴァスンダラムの指摘です。
また報告で強調されたことは、科学の拡延と帝国の関係です。あるいは文化と帝国の関係です。ここで突然話は変わりますが、この部分を書き留めていた時に、ノートを間違えたところがありました。empire と empirical を混同してしまったことです。発音は違うけど、スペルは似ている。というより、empire が「帝国」なら、「帝国の」という形容詞形はどうして empirical ではなくて、imperial なのだろう。逆に、empirical を短縮した名詞形は何なのだろう。そんなことを聞きながらついつい考えてしまいました。最後は余談となってしまいましたが。

by pastandhistories | 2019-07-06 12:46 | Trackback | Comments(0)

ISCH(タリン)⑧

この間書いてきた国際物価史学会の報告は後3回ほどで終わりそうです。今日は三日目の午後について。参加したセッションは、Transatlantic Cultures: A Digital Humanities Project for a Connected History of the Atlantic World というもの。デジタル・ヒューマニティーという言葉に誘われて参加しました。内容は最初の二人が、フランス、ブラジル、アメリカ、セネガルの研究者によって企てられている Digital Platform for Transatlantic Cultural History というネット百科事典の企ての紹介です。注目してよいのは、この企てがネットの利点を利用して各国語で利用できることです(つまり英語中心ではない)。報告はその現状と、利用の仕方の説明。 how to 的な報告でしたが、画面が次々と展開されるのでわかりやすいところがありました。詳しくは検索すればサイトが出てくるようなので、それを見てもらえればと思います。個人的には興味深かったのは、その画面に時々Roy Rosenzweig Center の広告が出たことです。このことで思い出しましたが、先月エヴァ・ドマンスカからメールが来て、カリフォルニア大学のサンタクルーズ校にヘイドン・ホワイトの記念講座を作ることが計画されているけど、基金が足りないとのことでした。そのことを他の人にも伝えてほしいとのことでしたので、ここに記しておきます。
三番目の報告者は、パリ第3大学のエリーナ・ジェバリ。これは面白かったですね。中央アフリカのマリが社会主義国家として独立し、そのこともあってキューバとの交流が盛んにおこなわれ、その結果キューバ音楽(ラテン音楽)が欧米音楽に対抗するものとして取り入れられ、アフリカ音楽とラテン音楽のフージョンが進んだというテーマ。もともとラテン音楽にはアフリカ音楽の影響があったという突っ込みができないわけではなさそうですが、例として示される音楽になるほどと思わせるところがあって、楽しめました。最後は、サンパウロ大学のガブリエラ・ソアレスという女性。たまたまおととしブラジルに行った時に、それまでほとんど知らなかった南米の歴史研究者たちの議論を聞く機会があり、レベルの高さを感じましたが、この人の報告も確かな力量を感じさせるもの。内容は、19世紀の独立後も南米では Atlantic connection が維持されていたということを、knowledge という観点から論じたものです。その例としてイギリスで刊行された百科事典(当然最初はイギリス人読者を想定していた)がどのようなかたちで、出版され、影響を与えたのかという問題を取り上げました。出版に当たってはいくつかの変化が伴いました。一つは、南米地域はすでに独立し、独自の文化形態をもつ国家になっていたわけなので出版は翻訳を通してです(最初はアルゼンチンで、続いてブラジルで、さらには十以上の地域で)。しかし、ソアレスが指摘したもう一つのことは、それが要約され短縮された形で、子供向けの内容のものとして出版され、そのことを通してイギリスで生じた知識が中・南米にも浸透していったということです。以上の二つの報告は、文化や知識の混淆や拡延を個別例を具体的にたどったものとして説得力がありました。デジタルヒューマニティというタイトルにつられて参加したセッションでしたが、意外な収穫でした。

by pastandhistories | 2019-07-04 17:50 | Trackback | Comments(0)

ISCH(タリン)⑦

少し前に起きました。今から寝てもよくは眠れないと思うので、タリンの報告の続きを書きます。よく人から3~4日の海外の学会にでてトンボ返りをしていて、時差ボケはどうなっているかと聞かれます。到着日は着いたらすぐ寝てしまう。当然まだ夜中に起きる。したがって翌日の午後はかなり眠たい、だけどここを我慢してその日の夜にあることが多い歓迎レセプション(今回もそうでした)で夜まで頑張っていると、なんとか対応できます。帰国日は機中一泊、朝到着ということが多いけど、その日は同じように夜まで頑張れば二、三日で平常に戻ります。昨日も就寝は夜10時、6時間少し眠りました。往路と違って乗り換えがモスクワで6時間近くあり、出発は現地19時、夜便です。ということで食事をしたらすぐに寝たけど、起きたらまだ時間が4時間ほど。ちょうどよいと思い、『風と共に去りぬ』を見ました。アエロの機内娯楽映画は、日本語吹き替えも字幕もなし。英語版だけです。この映画については「戦争中にアメリカでは豪華絢爛な映画が製作されていた。それが当時の日本との国力の違い」という言い方がされることがありますが、自分の印象は違います。意外に反戦的な内容。また「アメリカは本土が民間人に被害が及ぶような戦場になっていないから、海外での繰り返される戦争行為を(保守的な)国民が、無反省に支持している」ということもよく言われるけど、この指摘も少しおかしい。そんなことを今回も感じました。
この映画が制作されたのは、1939年(原作は1936年)。4年間に及んだ、南北戦争後終了から74年。つまり同じように4年間に及んだ太平洋戦争終了後から74年たった今の日本とちょうど同じ時期です。映画では戦争初期の南部の熱狂、そして戦争末期の悲惨さが強く描かれている。これも日本と同じです。そういう視点からみると、この映画では戦争が直接アメリカ本土に及べば、それは悲惨な結果をもたらすのではという意識が、当時のアメリカに少なからず存在していたことを想像させます。実際には起こらなかったということは、意識が存在していたことを否定することにはなりません。逆に日本についていえば、戦争が本土に直接及ぶことはないだろうという意識が、戦争への熱狂を作り出したわけで、(現在の日本での一部のメディアや保守的政治家、エピゴーネンの主張と共通します)、そうした意識が存在していたことが、それとは異なる悲惨な現実が生み出されてことを防げたわけではありません。 つまり、戦争中にもかかわらず、豪華絢爛な内容だけが作られていたわけではありません。しばしば事実は後追い的に解釈されがちだけど、内在的に考えれば別の見方ができます。
話をISCHに戻すと、三日目に出たセッションは二つ。一つは、Global Entanglements and Cultural Hybridity、もう一つは、Transatlantic Cultures: A Digital Humanities Project for a Connected History of the Atlantic World というタイトルのものです。海外学会での各セッションのタイトルからはよく「はやり」がわかる場合がありますが、実際の内容がそこまでいっているかというと、そのあたりには微妙です。今回もそんな感じ。前者の報告者は3人。最初がニコラオス・パパドジアニスという男性。ギリシャ系のような感じですが、現在の所属はウェールズのバンゴール大学。レスボス島を素材に、1970~80年代に島をギリシア、ドイツから島を訪れた同性愛者の女性たちがそこでどういう交流をし、その後のトランスナショナルなレズビアン運動を形成していったのかとという話です。旅行者とのインタビューに基づくオラルヒストリーの手法を用いたようですが、時間的に十分な説明は難しかったようです。次はハナ・ヨーケンというグラスゴウの女性院生。北欧3国のフェミニズムについて。最後はマシュー・メイスンというポルトガルのカトリック大学のこれも院生。男性。今回参加したセッションで男性の報告者のほうが多かったのはここだけ。これはゴダール論。とりわけゴダールが文化革命の影響を受けた政治的作品を次々と生み出した時期の作品分析。文化革命に加えて、政治的状況主義、ポストモダン資本主義におけるポップ・アートという視点からゴダールをとらえ、五月革命との関連や、商業性だけではなく芸術そのものへの批判など、基本的な理解をそれなりに感じさせました。ゴダールといえば、ヌーヴェル・ヴァーグ論とともに登場した『勝手にしやがれ』、そして新宿アートシアターで上映された『気違いピエロ』。自分もアートシアターに見に行きましたが、ノートを取りながら映画を見ている若者がいたことが強く印象に残っています。「当時」者としてそんなことをこの報告者と話し合いたかったのですが、発表後すぐに帰ってしまったらしく、その後は会場で見かけることがなく残念でした。

by pastandhistories | 2019-07-03 05:58 | Trackback | Comments(0)

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