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ISCH(タリン)①

国際文化史学会の初日は終わりました。海外での会の報告はかなりの量になるし、疲れるので今度はやめようと思ったけど、最初のきっかけがそうだったように、時差でどうしても早くに起きて時間が余ってしまう。今は現地時間で朝の4時過ぎだけど、目が覚めてしまったので昨日の様子を報告します。
参加者は250人ということですが、その内容には少し感じたことがあります。それはいずれまた書くとして、会はマレクの挨拶と、ピーター・バークの基調報告(第一回大会も彼だったわけで、その内容が『思想』の小特集に訳されているわけです)から始まりました。バークは相変わらず、まとめ方がわかりやすい。今回はグローバルヒストリーと文化史の関わりがテーマ。 まずはグローバルヒストリーのあり方として、比較史と entangled history をあげ、後者的なアプローチを重視する形で、ルネサンスと絡ませながら、ジェスイットの世界布教に伴う問題を具体的な事例を挙げながら、論じました。
要するに当時のカトリックの最大のグループの一つであり、集権的な構造を持っていたジェスイットが、一方では当時のヨーロッパ思想を伝播する役割を果たしたと同時に、他方ではその内容は布教地域における文化と混淆したものであったという話です。ジェスイットの布教に伴う問題を、教育・言語・エスノグラフィに整理し、そのそれぞれの内容を整理しましたが、とくにエスグラフィについては、宣教者たちの報告をとおして、知識のクラシフィケーションが進み、global system of knowledge が確立されたと論じました。また結論的に強調されたのは、グローバリゼーションがそれぞれの地域のカルチャーズを受け入れる形で、文化のハイブリデーションを伴いながら進行したことです。その例として各地の教会の建築様式や絵画の提示。またその制作者にも言及し、そうしたことが人々の移動に伴うかたちでの人種的なハイブリデーションを伴いながら進行した部分があることも指摘しました。彼の最近の持論ですが、具体例(多分日本人には面白いけど、日本人研究者によってはあまり指摘されてこなかったことですが)に面白いところがあり、楽しく聞けました。
その後のコーヒーブレークで、今回持ってきたマレクとの共著、Debating New Approaches to History(2019) にサインを頼んだら快くしてくれました。サインに伴って自分の名前を伝えようとしたら、お前の名前は憶えていると言って、すらすらと michihiro へと書いてくれました。少し驚いたけど、優れた歴史家に必要なのは、記憶力のようです。その後でマレクにも同じ場所にサインしてもらったのですが、マレクは二人が一緒にサインした本は他にはなく、希少文献だと冗談を言っていました。

by pastandhistories | 2019-06-27 11:16 | Trackback | Comments(0)

混合政治・混合経済

今エストニアのタリンです。国際文化史学会に参加するため。ここでも何度か紹介したマレク・タムが中心で、彼との共編著を今年出しているピーター・バークが基調報告ということで来ました。スウェーデンのウメオでの会は感情史がテーマでホテルも予約してあったのですが、日程が少し重なったのでキャンセル。今度は無事到着しました。
会の内容が詳しく紹介できるかはわかりませんが、今日は閑話休題的なこと。アエロフロートを初めて利用していろいろ経験しました。乗り換えはモスクワでちょうど2時間なので、便利です。とはいえ乗り換えの時のパスポート審査の入り口にいる係員はたった一人。持ち物検査のゲートも二つだけなので、延々たる行列。きわめて非効率的な管理社会です。ところが、変な予感もしたのですが、この検査が終わると待ち構えていたのは、きらびやかな資本主義的なショッピングモール。それが延々と続く。したがってなかなか搭乗口にたどり着かない。タリン行きはかなり端なので、急ぎ足で20分以上歩く、ここまでで1時間を経過。しかしたどりいてみると待合場所の椅子は10席ほどしかない。あくまでも商業的な店舗が中心で、それに場所が取られている。ほどなくアナウンスがあったので、行列に入って待っていると、そこに慌てて入ってきたのが40代の白人男性。間に合わないと思って長い距離を走ったらしく、汗がダラダラ。携帯でどこかに電話。それでも行列が動かない。たまりかねたのが、この行列はストックホルムかと聞いてきました。それは隣だと教えると、びっくりしたような表情。こちらもびっくりしたけど、行列からよく見ると、狭い場所なのでタリン行きの掲示が死角で見えず、ストックホルム行きの表示だけが見えている。驚いたことに、出発時間はわずか5分違い。それ以上に驚いたのは、タリン行きのゲートを開くという放送はあったけど、ストックホルムに関しては最終的なアナウンスもない。これでは間違える人も当然いる感じです。利益優先の自由主義が跳梁しているのは、日本だけではない。ロシアの空港がこういうかたちになっていたのは、驚かされました。キャビアしか売っていなくて、1000円札が使用できた30年前とは大きな違いです。
驚かされたといえば、このモール街にカプセルホテルがあったこと。それも通路に面して、寝室が見える。成田にもあるはずですが、さすがに通路から寝室が見えるわけではないでしょう。カプセルが日本で始まったものかは定かには知らないけれど、モスクワの空港で見るとは思いませんでした。

by pastandhistories | 2019-06-26 17:41 | Trackback | Comments(0)

第二回パブリックヒストリー研究会(7月21日)

もうすぐ研究会のホームページにも掲載される予定ですが、7月21日(日)開催が予定されていた第二回パブリックヒストリー研究会の内容が以下のように確定しましたので、お知らせします。前回同様、多くの人の参加を期待しています。午後からのパネルに加えて、午前中にはフリーディスカッションの場を設定しました。パブリックヒストリーや今後の会のあり方にへの関心、意見のある方々の発言をお待ちしています。


第二回パブリックヒストリー公開研究会のお知らせ

 313日に開催された第一回パブリックヒストリー公開研究会は、70名近くの方々の参加を得て盛況に終わりました。その成果を踏まえて、当研究会は以下のような次第で、第二回公開研究会の開催を予定しております。なお当日は、パネルディスカッションに先がけてパブリックヒストリー研究ならびに会についてのフリーディスカッションの場を設け、今後の方向について協議を進める予定です。お忙しい時期だとは思いますが、パブリックヒストリーにご関心のある方々はぜひご参加ください。

日時: 721日(日)11301700

場所: 東洋大学白山キャンパス8号館7階、125周年記念ホール 

プログラム:

 11301230 自由討論

「パブリックヒストリー研究(会)の今後」

 12301330 昼食休憩

 13301700 パネルディスカッション

「再び、パブリックヒストリーとはなにか」

昨今の世界史の問い方のなかで、そのひとつとして登場してきた歴史の考え方であり、多様な問題系と方法を包含していることを検討し、あらためてパブリックヒストリーを問う 

   報告者 長谷川 貴彦(北海道大学)

東 由美子 (国際ファッション職専門大学)

成田 龍一 (日本女子大学) 
コメント  原 聖 (女子美術大学)




by pastandhistories | 2019-06-07 11:25 | Trackback | Comments(0)

帝国の記憶、ポストコロニアルの記憶

 またしばらく記事を書いていませんでしたが、最大の理由はパブリックヒストリーにかかわる基本的論文集に掲載された論文についてのノート作りをしていたため。昔から要領は悪い方で、ノート作りには(無駄に)時間をかけてしまうところがあり、このブログを含めて他の作業が停滞してしまいました。ほぼ基本的な作業は終えたところですが、今度は今度で何をしてよいかがわからない。そもそもノートがかなりの量になってしまって、読みなおすのも大変ですし、ノートがあるのにもう忘れてまっていて、意味がわからないところもあります。
 そんな状況ですが、自分にとって印象に残った論文を、これまでもいくつかを紹介してきましたが、ノートの再点検を兼ねてアットランダムにここで紹介していこうかなと思います。その一つは、Paul Ashton & Hilda Kean (eds.), People and their Past (2009) 掲載の、John Siblon, "'Monument Mania? Public Space and the Black and Asian Presence in the London Landscape'' という論文です。この論文が何故自分の印象に残ったのかというと、自分の主張ときわめて近似した内容が含まれているからです。その主張というのは、『開かれた歴史へ』(2013)に記した
「移民国家として形成されたアメリカはもちろんのこと、現在ヨーロッパの多くの地域は、そのことが重要な政治的問題を構成していることに示されているように、他国家や他地域からの多様な移住者を含む形で構成されている。たとえばイギリスを例にあげれば、首都であるロンドンは多様な人種の混住する場となっている。このことが示していることは、現在のイギリスは、ノルマンコンクェストから名誉革命体制にいたるまでの、あるいは最近の流行り言葉をもちいればイングリッシュネスの形成の延長に存在していると同時に、19世紀にパックスブリタニカを作りだした大英帝国が縮小したものとして存在している、と考えられてもよいということなのである。というより、後者のような視点からイギリス史を論じていくことのほうが、現在的にはより的確な議論のしかただろう。もちろんこうした議論は、イギリス以外のヨーロッパの諸国にも敷衍できるはずである。このような事実は、これまでのナショナルな枠組みに支えられた歴史との齟齬を生じさせる。たとえば、アーサー王の伝説や、ノルマンコンクェストは、大英帝国の縮小にともなって、イギリスに移り住み、現在ではナショナリティをも保持している人々にとって、どのような意味をもつのだろうか。百年戦争は彼らに対してどのような関わりをもつものとして論じられるのだろうか」(40~41頁)
という指摘です。
 "Monument Mania?"の筆者である John Siblon は文字通りイギリスに移り住んだ人、ガイアナから1961年に両親とともにロンドンに移り、定着にいたった人物です(この論文の執筆時には、ロンドンのシティ&イズリントン・カレッジやオックスフォードのラスキン・カレッジで Black British history を教えていたようです)。論文が面白く読み進めることができるのは、冒頭にテート美術館の、マンデラの銅像をロンドンに建てることを皮肉った「(外国人である)マンデラの銅像をロンドンに建てるなら、次はヒットラーのものか」という落書きが引用されていること(記念碑「狂」というタイトルもここからとられています)と、移住後の1968年にまさに大英帝国を象徴するバッキンガムパレスの前で撮られた家族写真が付されていることです。
 ここから筆者は、ロンドンの多くの記念碑・彫像は、そのほとんどが、帝国を、そして白人を顕彰するものでしかないということに議論を進めています。現在は自分たちのようにロンドンにおいて多くを占めるようになった非ホワイトを記念するものはほとんど見当たらない。しかし、たとえばネイションとして、あるいは帝国としてのイギリスに、彼らが不在であったわけではない。にもかかわらず、たとえばトラファルガー広場の象徴であるネルソンの艦船のクルーの25%は黒人であったにもかかわらず、そのことは注意深く見なければわからないほどにしか、記念建造物には示されていない。さらには奴隷制の廃止についての活躍したとされる白人を記念する銅像は多くあるのに対して、当事者として解放を目指した黒人(指導者)たちは、そのほとんどが無視され続けてきた。ましてや黒人女性たちもそう処遇されてきたことなどを個別的な例をあげながら、筆者は丁寧に論じています。
 つまりかつては家族写真をバッキンガムパレスを背景にとったように、記念化された過去と自らが一体であるように感じていたけれど、実際にはそうした象徴は自分たちに対して ecxclusive であり、remote なものであり、そうしたものを媒体として構成されているイギリス史は、現在のイギリスのあり方、ロンドンを構成する人々とは、きわめて乖離した、帝国のネガティヴな遺産であり、これとは異なる歴史が現在では求められているというのが筆者の主張のポイントです。
 しばしばナショナルなコメモレーション装置の一環としてパブリックな場に存在している歴史を、自らの個人的経験・立場から批判的に論じた論文として、Siblon の論文は、興味深く読むことができます。

by pastandhistories | 2019-06-05 12:46 | Trackback | Comments(0)

残されない過去

 このことをここに書くかは多少迷ったけれど、やはり重要なことなので書いておきます。安倍首相が即位の式典で旧天皇を前にして、「末永くお健やかであらせられますことを願っていません」と発言したという「事実」。しかし、この事実は「中継放送」されていたにもかかわらず、その後は主要メディアでは一切報道されまていません。それらはしばしば基本的な史料として歴史家が扱うものですが、後世の歴史家はそうした史料を見ただけでは、起きた事実を再認識することはできなくなりそうです。 
 
こうした問題は、実は現在の日本の社会では、このブログで発生直後に指摘した福島原発の3号機爆発の映像についても公然と行われた、また行われていることです。3月11日に関しての回顧的な報道がいくらなされても、この映像が再び示されることはありません。このことはもう50年も前の東大闘争のさいの、いわゆる安田講堂攻防戦の映像が時折り流されることときわめて対照的です。安田講堂攻防戦という特定の象徴的表象(映像自体は事実を映し出したものですが)を借りて「過去」が「歴史」として示されているわけですが、実際にはそれは過去の外面的な一部であって、実際にこの時代に数十万人、あるいは百万人を超える若者が、それぞれ異なった形で経験していた具体的な過去を示すものではありません。
 そのことはともかくとして、「3号機爆発」と「安田講堂攻防戦」という二つの事実の映像の取り扱われ方の違いからは、一方では「過去の不都合な真実」はけっして再生されることはなく、さして問題はないと現在では考えられる事実だけが、繰り返され記憶化されるということが理解できます。
 安倍首相の発言も「過去の不都合な真実」ということなのでしょう。しかし、この事実に関しての大きな問題は、いまだに「国民を代表して」この発言を行った安倍首相から、「国民」への、あるいは旧天皇への謝罪がないことです。誰でも言い違いはあるかもしれません。たとえば結婚式の祝辞で「新郎・新婦の末長いお幸せを願っておりません」とうっかり言ってしまうことが、まったくないとは言いません。しかし、そうした間違った発言をしたときには、すぐに新郎・新婦やその両親に対して非礼を詫びて謝罪をすることは、社会人としての最低のエチケットであり、誰もがそうするはずです。なぜ安倍首相は発言の誤りの認めて、謝罪しないのか。忙しいからではないでしょう。ゴルフをしていたわけですから。ここには明らかに、社会性、倫理性の欠如が示されています。メディアがそのことにも触れないということは、メディアそのものに、3号機の爆発報道を闇へと葬ってきたように、社会性や倫理性が欠如するようになっているからでしょう。歴史研究にとっても、他山の石です。

by pastandhistories | 2019-05-11 11:40 | Trackback | Comments(0)

私の受けた教育

  昨日は気分転換に、以前考えたパロディを紹介しました。パロディと言えば、これも以前に芥川の『鼻』のパロディを思いつたことがあります。「な」を「げ」に変えるだけでいい。「大きい」から気になるのではなく、「少ない」から気になる。そこでカツラをかぶったら、かえって周囲の視線が気になる。それで元に戻したけど、それでも周囲の冷ややかな眼は変わることはないという話です。かなりモティーフが一致している。その頃はちょうど学生の文芸・漫画同人誌サークルの顧問をしていたのでそこに投稿しようと思ったのですが、自虐になりそうなので結局は投稿しませんでした。ここならいずれは書いてよいかもしれません。 
 自虐と言えば、ある高名な歴史家の友人が、「学生時代に受けた授業で記憶に残っているものは、ほとんどない。したがって自分たちがする話も、学生の記憶に残ることはないだろう」とよく言っていました。その通りかもしれません。しかし、やはり何故かいくつかの話はずっと記憶にとどまっています。その一つは、小学校時代。実験教育をする学校だったので、複数の教師が同じ教室で生徒にフリートークをするという時間がありました。テーマは「私の受けた教育」。
 普段は自分たちの学年を教えない年配の男性の教師(本来は理科系の人だったと思います)が、「今は教えないけど、古代に日本は朝鮮半島を領有していたけど、それを失うことになった」ということを、少し残念そうに話しました。この話が引き金になったのか、あるいは最初から予定されていたのかはわかりませんが、対して若い女性教師が、「自分が小学生の時には、神様は最初に南に人間を作ったけれど、色が黒くなりすぎたので、その次に北に人間を作った。しかし、今度は色が白くなりすぎたので、その間に人間を作った。それが私たちであると教わった」という話を、子供にも批判が読み取れるようなはっきりした口調で言いました。
 この時の二人の教師の話は、今でも鮮明な記憶があります。教育の恣意性を子供心にも感じたからです。それから真理は一つではなく、教える人の考え方によって異なるということ。自分が運が良かったと思うことは、小学校に限らず、中学・高校でも多くの教師に戦争体験があり、その経験のあり方や、それを反映したそれぞれの思考のあり方が随分と異なっていたことです。このことが自分の中にある複眼的に考えていくという志向を育ててくれたような気がします。

by pastandhistories | 2019-04-29 15:41 | Trackback | Comments(0)

続・三匹の子豚

 退職後も仕事が続いてのんびりとした気持ちでほとんど過ごしていないことに気づきました。そこでこの何日かは気分転換ということで、まずは古い大工道具の整理。そこで気づいたのは、いつも間にか釘からネジ(釘)への転換が驚くほど進んでいたということです。今はほとんどがネジ釘で、かつてのストレートな形式の釘は使用されていません。したがってトンカチもくぎ抜きも過去の遺物化。確かにネジ釘の方が強さや耐久性はありますが、逆に問題は抜くのが大変です。錆が出ていると電動ドリルを使用しても、かえって頭のプラス、マイナス部分をつぶしてしまうので厄介です。ということで、頭には六角が随分と使用されているようです。 
 他にあれこれ整理していたら、セメント粉の袋が二つ。一つは穴が開いていたために水分を吸って固形化していて、使用不能。もう一つは穴は開いていたけれどまだ粉末状態が保たれていたので、これを使って同居人に頼まれていた玄関先の煉瓦積みをしました。実はこの煉瓦は庭の区分に使用していたのが増えすぎて処理に困っていたもの。たまると処分に困るところがあります。
 そこで思い出したのは、随分昔に考えたことのある『三匹の子豚』の続編。こんな話です。
「それからしばらくたって、三匹の子豚はそれぞれ大人になりました。もうオオカミも出ない平和な時代。藁で作った家はちょっとした風が吹いたりするだけで吹き飛んでしまうのですが、相変わらず藁の家に住む豚はそんなことなど気にせず、新しく住む場所を探しながら、適当に一匹で生きています。藁の家なら、どこにでもすぐに作れるからです。木の家を作った豚は、それなりの時間がたったので、家のあちこちが強い日差しや雨風で痛むこともあるのですが、自分で修理しながら元気に暮らしていました。しかし、さらに老朽化が進んだので、また新しい家を夫婦で協力して建てました。煉瓦の家は頑丈なことは頑丈なのですが、家の中の設備を新しいものに変えようとしても、サイズや様式が異なって交換することができません。思い切って建てなおしたいと思っても、自分では壊せませんし、解体の費用や煉瓦の捨て場所がありません。煉瓦の家を建てた豚の奥さんは、家の古さと不自由さに不満をもっていつの間にか姿を消してしまったそうです」
 『三匹の豚』の話を、西洋中心主義・アジア蔑視と捉えるのは行きすぎかもしれませんが、地球環境への回帰性を考えることは、現代社会にとっては重要なテーマです。

by pastandhistories | 2019-04-28 21:12 | Trackback | Comments(0)

廃村・廃墟・廃道

 全体として視聴率の低下がとまらないテレビ番組のなかで、高い視聴率を獲得しているものの一つが、「ぽつんと一軒家」とか「無人駅」という番組のようです。その多くは、それまで人の住んでいなかった人里離れた場所に家を建てたという話ではなく、かつて存在した村落から次々と人が去り、結果的には取り残されたという話です。単独の番組であったかは記憶が正確ではありませんが、廃墟を扱ったものとしては、東ちずるさんがレポーターとして今は世界遺産となった軍艦島を訪れたという放送もありました。またマニアスティックな番組としては、衛星波で廃道探索の番組があり、これは結構面白く見ることのできる番組でした。 
 全部が全部そうだというわけではありませんが、こうした番組の素材となっているのは、かつて存在したコミュニティです。それが何らかの理由で廃れて、人が住まなくなり、人が通わなくなるということです。しばしば「歴史は現在から見た過去である」という言い方がされます。たとえば「東京」という現在ある単位(東京は200年前には存在していませんでした)から歴史は語られるわけです。しかし、廃墟や廃村、廃道に関しては、過去を語る主体が「その場」に現在はいません。つまり少なくとも「場」という観点からは、歴史の語り手は存在するとしても異なる「場」に今は「分散」しています。
 このように考えるとコミュニティヒストリーには、二つの枠組みがあることに気づきます。現在を主体とするものと、過去を主体とするものです。当然前者は現在を意味づけようとするものであり、後者は過去を意味づけようとするものです。どちらが歴史のあるべき姿かとは言い切れませんが、歴史には後者の側面があることは忘れられてはならないことです。廃墟や廃村、廃道を扱った番組が意外なほど視聴者の関心を呼ぶのは、過去のコミュニティを想起することが歴史の一つの機能であることを、多くの人々がそれとなく認識しているからです。

by pastandhistories | 2019-04-26 21:00 | Trackback | Comments(0)

未来ー本来的に残酷なもの

 新聞の文芸欄の担当記者は、その新聞社ではむしろ主流ではない人によって構成されていて、新聞全体の論調とは必ずしも一致しないということもあるようです。経済専門紙の『日経』の書評欄の方が、人文書に関しては『朝日』などより良い記事が載ることがあります。正直『朝日』の書評欄は書評委員に関しても、内容的な面でも玉石混淆的なところがあって、自分としては残念に思う時があります。しかし、先週の「ひもとく」欄に掲載された文化人類学者の今福龍太さんの「歴史を総括する前に」は、我が意を得たりと思わせるところがありました。ボルヘス、ベンヤミンと並んで、安部公房の『第四間氷期』が紹介されていたからです。実はこの本には、現代の歴史意識の問題を考えるにあたっては重要な論点が含まれているとして、『国境のない時代の歴史』という本を書いた時に引用したことがあったからです。 
 全部を再引用すると長くなるのでその一部を紹介すると、引用したのはあとがきに書かれていた、「未来は、日常的連続感へ、有罪の宣告をする」、「日常の連続感は、未来を見た瞬間に死ななければならないのである」、「残酷な未来、というものがあるのではない。未来は、それが未来だということで、すでに本来的に残酷なのです。その残酷さの責任は、未来にあるのではなく、むしろ断絶を肯んじようとしない現在にあるのだろう」という文章です。
 こうした安部の議論は、歴史を「日常的な連続感」のなかで、安易に「論じ」ていることへの厳しい批判として、参考になると自分は考えました。今福さんも書いているように、もう60年前の文章ですが(掲載誌は『世界』)、いまなお有効性を持つものとして論じられていいでしょう。 

by pastandhistories | 2019-04-22 19:22 | Trackback | Comments(0)

Making History

前回に続いてパブリックヒストリーについての論文を一つ紹介します。こうした記事の書き方をしているときりがない。延々と紹介文が続いてしまうかもしれませんが、もともとはこのブログは自分のためのノートという面もあるので、そのことを含めて記していきます。もちろん読んでくれる人の参考になればとも思います。紹介するのはJerome de Groot (ed.), Public and Popular History, 2012 に掲載されている Michelle Arrow, "The Making History Initiative and Austrarian popular history" (pp.5-26) です。
この編著は本来は歴史の脱構築論派の雑誌である Rethinking History の特集号としてして刊行されたもの。したがって、パブリックヒストリーは people's history の流れにあるものとして位置付けられています。それにあえて people's history ではなく popular history というタイトルが付されているのは、おそらくは編者であるグルートの問題意識を反映したものです。
 論文が扱っているのは、オーストラリアにおいて保守派のハワード内閣のもとで進められたオーストラリアの歴史を主題としたテレビ番組(Making History そのシリーズ名)にまつわる問題です。この企てで優先されたのは、当然のことながらナショナルヒストリーの創出。そのためにテレビの持つ訴求力が徹底的に利用された。その方法が歴史の dramatization。人々の emotion や empathy を生み出す力があるからです。筆者であるアロウは、それらが現在の popular history にとって中心的であるとしています。そうした dramatization は、歴史を seamless, authoritative, unambiguous なものとして提示する、Making History はそうしたものとして作り出され、一般の人々の歴史、つまり popular history を作ったのいうのがアロウの指摘です。つまりここでは popular history は受動的なものとして、ネガティヴに論じられています。
 このアロウの指摘で気づくことは、テレビではないですが(テレビ化されたものも少なくはありませんが)、seamless, authoritative, unambiguous なものとして歴史が提示され、それが人々の emotion, empathy を喚起するというのは、司馬遼太郎などの作品などにも当てはまります。一般の人々の歴史としての popular historyを作り出しているのは、そうした番組・作品群です。だとしたら、ただ批判的に論ずるだけでなく、その在り方を考えていくことが現在における歴史のあり方を考えていくための重要な問題だということがこの論文からはわかります。

by pastandhistories | 2019-04-09 15:25 | Trackback | Comments(0)

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