歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


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錯覚

 以前アイデンティティの問題に関して自己(不)同一性ということを少し書きましたが、ある年齢に達するようになってから思うことは、自己意識の不思議さです。
 多くの人もそうだと思いますが、自分が若い時、ある一定以上の年齢の人を見ると、自分とは異なった存在、はやりの言葉を用いれば他者的な存在であって、自分とは異なる経年的な変化を経た異質の認識をしている存在だと基本的には考えていました。
 年をとって本当に不思議なことは、自己意識が若い時代と完全な継続性、さらには錯覚かもしれませんが見事なほどの同一性を持っているということです。自分としての存在感や、対象への認識の在り方は驚くほど変化していない。もちろん外貌は随分と変化しているわけですから、わかりやすくいうと「老人」という「ぬいぐるみ」をまとった、過去と同じ自分がいるというような感覚があるということです。
 「老人」の自己意識がそうしたものであることは、自分がそうした年齢に達するまでは思いもよらなかったことです。老人というのは、「老い」という表象の形式に対応した内容をもつ存在であると考えていたからです。
 外貌という「表象」はあくまでも記号ですが、その記号の理解には驚くほどの錯覚がある。その錯覚が若い時の自分にあったのか、それとも現在の自分のなかにあるのかは議論の分かれるところですが、客観的にはかなりの高齢にたっして最近よく考えるのはそうしたことです。
 今日はテーマの歴史の諸問題とは少し違って最近思うことを書いてみました。先週で仕事が終わり、昨日・今日は大学で残務の整理。明後日が出発なので今日はこれからあちこちへメールを入れます。
by pastandhistories | 2011-07-27 16:15 | Trackback | Comments(0)

non-placeと虚構の意味

 昨日の研究会で春学期の仕事はほぼ終わりました。例によって休み前の書類作成・提出という仕事がいくつか残っていますが、それは来週初めに片付けます。
 昨日の会は、自画自賛となりますが、充実したものでした。ブラッドリーさんの報告は、ドゥルーズ、ヴィリリオ、マルク・オジェなどの議論をもちいて、大規模な人々の移動、ヴァーチュアルな情報の瞬時的伝達がもたらされている現在の世界では、かつて人々のアイデンティティを形成する一つの要素を形成していた定住性やlocalityが失われ、人々が共同性を持つことなく行き交う場であるnon placeとも呼ぶべき場が形成されていることを説明しました。共同性を喪失したそうした場にあっては、記憶は成立しえても、歴史は成立しうるのだろうかということを、会のテーマであるトランスナショナルカルチュラルヒストリー、歴史と映画という問題に絡めた議論として提起してくれて、その前提的な議論とともに、問題提起として参考になりました。
 與那覇潤さんは『帝国の残影』をふまえて、その中に書かれたこと、書ききれなかったことを非常に整理されたかたちで説明しました。この本には各種新聞などに多くの書評が書かれています。『週間読書人』(苅部直)、『映画芸術』(上島春彦)、『朝日新聞(Asahi com)』(中島岳志)、『北海道新聞』(保坂正康)、『中日新聞』(鈴木義昭)、『北日本新聞』(岡崎武志)などです。視点は様々ですが、いずれも整理されたもので参考になります。ただ純粋な歴史研究者によるものがまだないのが残念です。
 また與那覇さんの報告をめぐっては、やはり戦後の捉え方が問題になりました。一つの議論は、小津が実体験とはかなり異なる虚構を作りた続けたように、戦後の虚構の意味を考察していく(あるいは評価していく)べきではというものでした。昨日はそこまでは議論になりませんでしたが、この問題は「戦後の擬制を批判した」吉本隆明と、「虚構であるがゆえに信じる」とした丸山真男の議論の分かれ目であったわけで、また虚構としての「ナショナリズム」が結局は擬制としての「戦後民主主義」を1970年以降いとも簡単に葬り去ってしまったことをふまえて、考えていかなければならない問題のような気がします。
 なおこの「トランスナショナルカルチュラルヒストリーの今後」というプロジェクトに関しては、秋以降の枠組みがほぼ固まり始めました。夏に少し打ち合わせをした上で、海外からの招聘セミナーを一つ、他に国内研究者を中心とした公開の会を二つほど行う予定です。
by pastandhistories | 2011-07-24 11:01 | Trackback | Comments(0)

自己の発見

 自分がプロジェクトを立ち上げて最初にセミナーで講師をつとめてもらった人が社会学者の片桐雅隆さんです。ということで、片桐さんの著作についてはこのブログで以前一度取り上げた記憶があります。片桐さんの一連の著作、とくに『自己と「語り」の社会学』(2000年)、『過去と記憶の社会学』(2003年)、『認知社会学の構想』(2006年)などが歴史研究者にとって参考になるのは、歴史を認識する側、つまり現代社会における個人の社会的なあり方が社会学の研究の流れの中からバランスよく説明されていて、歴史や記憶が存在していることの構造的要因が的確に説明されていることです。
 今年(2011年)になってから出された『自己の発見-社会学史のフロンティア』という本もこうした研究の流れにある本で、歴史認識の主体とそれを取り巻くコンテクストが社会学の中ではどのようなかたちで議論されているのがということが説明されています。今回の本は主題としていることがやや異なることもあって、過去認識の問題がそれほど直接的に議論されているわけではありませんが、これまでも力点がおかれていたシンボリック相互行為論やバーガーなどの構築主義的な議論に加えて、大きな物語が喪失され、共同体(的意識)のあり方もまた変容していくなかで、どのような自己意識が形成されるようになったということが、とくにギデンズやベックの再帰性自己論などを丁寧に紹介することを通じて論じられています。
 「社会史」の一つの要素として「社会学的な歴史(社会学の成果をふまえた歴史)」ということが論じられるようになってから大分経ちます。しかし、その多くは認識対象としての過去への技術的アプローチを補佐するものとして社会学的方法や視点を取りいれるもので、歴史の認識主体の問題、つまり現在の人々がどのようなコンテクストの中で生きていて、そのことが現在における過去認識のあり方をどのように規定しているのかという問題は意外と看過されてきたような気がします。認識主体を自省的に理解していくことは、歴史の問題を考察するもっとも基本的な要素のはずなのですが。
by pastandhistories | 2011-07-21 09:38 | Trackback | Comments(0)

グローバルなプラクティカリティ

 海外への出張ということで、ホテルから毎日会議の内容を伝えるようにしたところ、先週はかなりのアクセスがありました。統計を取っているわけではないのでわかりませんが、今までの最高に近い数ではと思います。アクセスが増えた時はいつも書いていますが、このブログは最初から読んだほうがわかりやすいのではと思います。
 ということで普段は読み直しませんが、昨日自分も最初から読み直してみました。正確に言うと読み直そうとしたのですが、途中でやめました。合計すると190本、かなりの量でとても読みきれません。そのうち半分が国際歴史学会議の前後の3ヶ月に毎日書いたもの、残りの半分はその後の9ヶ月で書いたものです。
 全部読み直したわけではありませんが、書いてきたことには自分では納得しています。題名にも示されているように、基本的なテーマは「過去認識」はすべての人がそれぞれのかたちで持っているものであって、歴史研究者の役割というのは、そうした様々な過去認識をサポートすることであって、過去への認識を歴史として統一したり、強制することではないということです。
 もちろん歴史研究者もある「場」に拘束された存在です。その「場」が求めるプラクティカルなものと常に関わりをもっています。歴史がナショナライズされてきたのもそのためです。多くの人が現在はグローバリゼーションが進行する「場」であるといいます。しかし、グローバルな「場」のプラクティカリティとはどのようなものなのか。歴史研究者はそうしたことをどのように考えるべきなのか、そうしたことがこのブログの基本的な問題意識です。
 今年はいつもより早く22日に大学が終わります。ということで23日に以下のような研究会をします。
 公開セミナー「文化と歴史」      
主催 東洋大学人間科学総合研究所研究所プロジェクト「トランスナショナルカルチュラルヒストリーの今後」日時 7月23日(土) 13時半~17時、場所 東洋大学3号館2階第2会議室、
報告、ジョフ・ブラッドリー(東洋大学)Toward a transnational cultural history of the non-place、與那覇潤(愛知県立大学)試みとしての歴史-小津安二郎作品との対話、司会 渡辺賢一郎(東洋大学)
 その後はやっと仕事ができそうです。7月末から8月9日まで今度はヨーロッパに行きます。ホテルでパソコンが動けばですが、そこからまた会の内容などを書くつもりです。
by pastandhistories | 2011-07-17 09:25 | Trackback | Comments(0)

明日から北京

 休むとアクセスが増えるという法則どおり、先週は先々週よりさらにアクセスが増えました。どうも、大学のことと関連して自分の「安否」について多少の噂があってそれで立ち寄る人もいるようですが、普通に生活しています。「複視」は病院にはいきませんでしたが3~4週間ほどで回復し、現在は本も普通に読めています。ということで明日からは北京です。久しぶりにいろいろな人と会えそうなので、楽しみです。このブログはもともとは海外のホテルで書き始めたものですが、パソコンが順調に動くようでしたら、会の内容などをまた書くようにします。
by pastandhistories | 2011-07-06 21:48 | Trackback | Comments(0)

トニー・ジャット

 体調に関してネットで検索していたら出会ったのがベーブ・ルースの僚友の死因となったルー・ゲーリック病、発病後はかなり回復が困難な病気のようですが、その病気で昨年亡くなったのがアメリカの現代史家であるトニー・ジャットで、結果的には彼の遺言的な著作となったのがやはり昨年翻訳出版されたされた『荒廃する世界のなかで』(Ill Fares the Land, 2010)です。翻訳出版にあたって『これからの「社会民主主義」を語ろう』という副題がつけられているように、この本のなかでは1989年以降の世界のなかでも社会民主主義思考の意味はむしろ失われてはいないことが強調されています。
 以前ソ連などの崩壊や現在における社会主義の意味をどう考えるかというアンケートに対して、「ソ連の崩壊は社会主義体制の崩壊というより、外見的にはいかに強固に見える国家権力でも簡単に崩壊するということを示したという点で、(体制に批判的な)民衆に希望を与えた事件」「資本主義の形成期にそれを批判する思想として生じた社会主義思想の意味は、資本主義が高度に発達した現在にあっては、その意味はますます増大していても、減少してはいない」と答えたことがありますが、ジャットの主張は前者に対してはややペシミスティックですが、後者に関してはかなり共通する部分があります。
 ジャットの本を読んでいて気づくのは、こうした思想が左翼的な立場よりもケインズなどに代表される自由主義的な、あるいは保守的な思想をふまえて論じられていることです。そのことをとおして、現代や未来における常識のありかたとして論じられていることです。こうした常識をふまえて、新自由主義的主張に対して国家とか社会的なものを対置していくことはなお必要であるというのがジャットの主張です。多分ここから議論は分かれるのだと思います。そのとおりだとしたら、そうした国家はいかなる形をとるべきなのか、そうでないとしたら国家的なものを媒介としないで社会民主義的なものを対置していくためにはどのような方法があるのかという問題です。最初にも書いたように「意味はますます増大している」としても、それを世界的にどう現実化していけるのかという問題です。
 他にジャットの本で興味深かったのは、60年代以降の思想的流れについてのコメントです(103~105頁など)。ジャットの考えには、問題の設定や思想的な枠組みを含めて自分の考えとかなり重なる部分がありますが、他方で彼の個人主義的思考についての批判には疑問も残ります。というのは、自分が主張している個人性というのは、彼の批判とは異なって、民衆世界にある個人性を大事にしていくということにあるからです。
 そうした問題を彼と話し合う機会をもてなかったのは残念なことです。
by pastandhistories | 2011-07-03 10:03 | Trackback | Comments(0)

可視的なもの、抽象的な理論

 眼の方は8割がた回復しました。経験したことのない人にはわかりにくいと思いますが(自分も今度までは経験したことはなかったわけですが)、ものが完全に二重に見える。それも二車線の道路が4車線に、5階建てのビルが10階建てに、歩道が渡り終わっているのかまだ途中なのかがわからなくなるということで、結構大変でした。片目をつぶれば一つになるので、本はもちろん黒板も片目をつぶりながら読んだり書いたりで、実生活にも大分支障がありました。人が二人に見えて家の中でも双子の姉妹と結婚したような感じで、嬉しいような煩わしいような感じだと学生には冗談を言いましたが、今はまた細君は一人に戻って淋しくなりました。
 こじつけになりますが、ものが具体的にどう見えているかはかなり大事です。以前NHKで当時の解放軍兵士や農民の証言をもとになぜ共産側が支持を拡大しえたのかをたどったドキュメンタリーを放映したことがありますが、このなかの証言でも強調されていたことは、共産側が土地解放を進め、自分たちがそれを眼で見ることのできる土地への権利を入手したことが、支持拡大のもっとも大きな原因であるということです。
 20世紀の中ごろですらそうであったのですから、19世紀の中ごろには「土地」問題の解決が可視的に提示されることはなお民衆運動の重要な要素でした。チャ-ティスト運動においてオコナーが推進した入植運動である土地計画が広い支持を集めたのもそのためです。しかし、その時代に「土地」に比べればそれほど可視的ではない「資本」が議論されるようになっていたことは(マルクスだけではなく民衆運動に関与した多くの人々がこうした問題に着目しました)19世紀の民衆運動にとって興味深いテーマだと思うことがあります。
by pastandhistories | 2011-07-01 16:13 | Trackback | Comments(0)

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