歴史についてこれまで考えてきたことを書いています


by pastandhistories

プロフィールを見る
画像一覧
通知を受け取る

<   2014年 09月 ( 2 )   > この月の画像一覧

universal history

 今日は午後から授業の開始、そして休日だけど明日もまた授業です。iさきおとといは企業関係者をホテルに招いての就職支援活動、一昨日、昨日は新学期に向けての書類作りでつぶれました。そんな感じで新学期が始まっていきますが、今年の夏はいくつかの本作りに専念することができ、それなりに有効に使えました。逆に言うと、学期が始まると作業が難しくなるので、休みの間を活用したということです。
 本作りといえば、亡くなった法政の相良匡俊さんの論文集『社会運動の人びと:転換期パリに生きる』が山川出版社から出ました。正確に言うと発売は25日、その見本刷りが送られてきました。正直言って個人的にも多忙な時期と重なり、あまり手伝えませんでしたが、内容的には現在的にも面白いものです。同時に日本の西洋史研究のあり方についても考えさせられる内容です。
 とにかくこの夏は自分の仕事にかなり集中していてこのブログにはENIUGHの報告程度しか書けませんでしたが、今日はそのENIUGHの席上で考えたことを追加的に書いておきます。それは、タイトルにあるように、universal history とか、歴史の humanization といった問題です。
 ENIUGH で興味深いのは、組織のタイトルにグローバルヒストリーとともに、ユニヴァーサルヒストリーという言葉を採用していることです。ワールドヒストリーではなくグローバルヒストリーをもちいているのは、よくあるように組織としての新しさをPRするためだと思いますが、トータルヒストリーではなくニヴァーサルヒストリーをもちいているのは興味深いところがあります。
 いつも思うのですが、globe というのは基本的には地理的単位、あるいは物理的な単位です。これに対してnation というのは地理的な単位といえなくもありませんが、やはり政治的、文化的単位として考えた方が、よりよいところがあります。total history の totality というのは実体的なものではなく、抽象的なものです。これに対して universe を宇宙としてとれば、それは地理的な、空間的な、そして物理的な単位ですが、universality という言葉はやはり抽象的な意味内容をもちます。英語の専門家ではないので断定はできませんが、total という単語はニュアンス的には包括性が強く、universal という言葉は普遍的な意味合いと同時に、多方面性・多様性を許容するものでもあるような気がします。それがトータルヒストリーではなくユニヴァーサルヒストリーがもちいられた理由なのかもしれません。
 ENIUGH に関して紹介しましたが、リューゼンの報告は近代以降の歴史の totality ではなく、universality を強調したものでした。その根拠は、それが humanistic な価値を持っているからというものです。したがって歴史は humanize する必要があるし、humanization された歴史を批判するのはおかしいという主張です。
 しかし、こうした考えの根拠である human beings は species の一つで、生物学上の分類概念です。たぶん問題とされるべきことは、それぞれまとまりを示す、globe という物理的単位、human beings という生物学的単位、のそれぞれのなかに多様性があることです。そうした多様性を前提とするかしないかが議論の分かれ目だといえます。そうしたなかで、universal history という言葉は、普遍的なものでありながら多様性を含意するものとしてもちられているのではと思います。
by pastandhistories | 2014-09-22 09:36 | Trackback | Comments(0)

想像力とリアリティ

 今日午後出発(今回はフランスに1週間)で、その間に少し時間があります。ということで、前回の続きを少し、「想像力とリアリティ」というテーマです。
 ある時、黒沢明が「自分は戦争映画を作らない。戦争のリアリティなど描けないからだ」ということを書いているのを読んだことがあります。これは必ずしも正確ではないですね。彼は戦前に助監督として戦争映画づくりに参加したことがありますし、「トラ、トラ、トラ」への参加計画とか、あるいは「戦国時代」を扱ったものは、『七人の侍』でも『影武者』でも『乱』でも一種の「戦争映画」なわけだからです。もっともこの発言は、彼のリアリズム観から来てもいるわけです。彼は自分の作品が現実になぞらえられることが好きでなく、その意味ではリアリズムにも否定的なところがありました。彼のリアリズムに対する感覚を示すのは、『椿三十郎』や『用心棒』で取り入れた、人を切るときの擬音(実際に動物の肉を切ってその音を入れたそうです)とか、実際に腕が切断されるというシーン(これらはその後の時代劇にずいぶんと取り入れた革新的な方法でした)、です。黒沢はそうした一見リアリズム的な方法をとりながら、他方ではそうした作品で、腕を切られた人間に「痛いよう」という大声を上げさせたり(ジェリー藤尾だったと思います。実際にはそんな言葉は言えないでしょう)、さらにはなんといっても首が長いというただそれだけの理由で、仲代達矢の首に江戸時代にはありえないマフラーを巻かせてしまう、という演出ももちいました。。そうしたことからも分かるように、彼のリアリズム観の基底にあったものは、実在の忠実な再現ではなく、あくまでも映画的技法としての、擬似的な、あるいは作為的なリアリズムでした。
 よく学生にも言いますが、映画(映像)はたとえどのように追体験や感情移入を促すもののようなものであっての、けっしてリアリティを伝えません。たとえば、『ゴジラ』が実際に映画館や教室に入ってきて、観客や学生を次々に踏み殺していったら、そこで生じる恐怖はどんな想像も及ばないようなもののはずです。それは戦争映画、戦争報道も同じことです。リアリティとして伝えられるものと、事実と想像力の間には、本当に大きな隔たりがあります。「戦争」や「戦い」を扱った映画や映像が、結果的に人々を「戦争」や「戦い」に動員してきたのはそのためでしょう。「事実」として語られてきた歴史にそうした要素はなかったのでしょうか。
by pastandhistories | 2014-09-03 09:15 | Trackback | Comments(0)

カテゴリ

全体
未分類

以前の記事

2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 06月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 01月

フォロー中のブログ

最新のコメント

『思想』の3月号ですか。..
by 川島祐一 at 23:39
先生は、「「民主主義」擁..
by 伊豆川 at 19:57
先生は、「歴史が科学であ..
by 伊豆川 at 17:18
『開かれた歴史へ 脱構築..
by 伊豆川 at 13:28
3月18日の会に参加させ..
by 伊豆川 at 08:33
セミナーで配布・訳読され..
by 伊豆川 at 14:44
先生の議論には、大筋で同..
by 伊豆川 at 17:10
私も今回のセミナーに参加..
by 伊豆川 at 18:55
先生が制度化された「真実..
by 伊豆川 at 00:29
先日、ヘイドン・ホワイト..
by 伊豆川 at 20:53

メモ帳

最新のトラックバック

「変化する可能性」
from 右近の日々是好日。
プラグマティズム
from 哲学はなぜ間違うのか?

ライフログ

検索

タグ

その他のジャンル

ブログパーツ

最新の記事

現代史研究会での報告
at 2018-10-08 11:56
海外での学会報告のファイル化
at 2018-09-04 10:23
パブリックヒストリーについて..
at 2018-08-31 09:02
INTHに続き
at 2018-08-27 01:02
今回のINTH
at 2018-08-26 03:58

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

歴史
哲学・思想

画像一覧