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モブの描き方

 今年は、今月も先月も実質的なことは書いていませんでした。何度か年末はこうしたことがありました。年度末に合わせた原稿の仕事の締め切りがこの時期になるからです。今年は単著の校正の締め切り。11月中旬から本格的な作業をはじめて結局40日ほどかかり、一昨日に終えました。年初めに最後の手直しをして、出版は2月になりそうです。それと入れ替わるようにこれも2月末出版の雑誌原稿の校正、1月12日締め切りということですが、こちらはかなり編集者がチェックしてくれていて、それほど時間はかからなそうです。ということで昨日はのんびりと、久しぶりの読書。夏目房之介さんの『手塚治虫はどこにいる』(1992年)を読みました。
 ここでも時々漫画や映画の話題を書きますが、個人的にはあまり画像的、映像的な分野を論じる資格は自分にはないと考えています。絵が描けないから。絵のことがよくわからないからです。マンガ評論をするならやはり自らも絵をかく能力がなければならない。その点では夏目さんの漫画評論は、レベル的に評価されていいものです。この本も、眼の描き方やコマ割りの意味、そして何よりも描線をきっちり論じていて説得力を感じさせます。
 そうしたこと以上にこの本の指摘で鋭いと思ったのは、手塚治虫の特徴の一つとしてモブシーンがあげられていることです。かつそのモブの一人一人が勝手な動きをしているということです。確かにそうですね。こうしたシーンには子供心にも妙な印象があって、よく憶えています。夏目さんによれば、それは手塚治虫が個人個人の差異を大事なものとしてことを反映したものだということです。そのとおりかもしれません。モブシーンは大量のエキストラを使って(最近ではCGをもちいて)映画でも頻繁にも描かれる。しかし、パニック映画に典型なように、そこに登場する群衆は同じ方向にむかって画一的に行動している。つまり個人個人ではない。手塚治虫の漫画は明らかにそうしたものとしては異なるものとして、個人個人が勝手な表情を持ち、勝手なセリフを言う個人として描かれています。ある点では、漫画だからとりうる描き方です。
 もう一つ夏目さんの指摘で興味深いのは、コマ割りが作り出している空間と時間の意味です。コマの変化は時間と空間の変化を示します。しかし、これも映画と比較するとわかりますが、そのコマの変化(映画でいえばカットの変化)は変幻自在で、映画と比較するとはるかに多い。このことは漫画を同じカットの映画がありえないことからも理解できます。コマ割りと同じにカット割りをしたら、めまぐるしすぎて映画の観客はついていけないはずです。なぜ漫画においてそうした手法が可能であるかというと、観客が画面の流れとシマルテイニアスでなければならない映画にたいして、漫画の読み手にはそうしたことが要求されないからです。時間選択の任意性が漫画の方が受け手にとってははるかに高いということです。
 おそらくこの二つの問題は、手塚治虫の作品があれほど情熱を燃やしたアニメでは成功せず、漫画的な世界にとどまり続けたということの大きな理由だったのだと思いますが、そのことは追い追い機会を見て書くことにします。
 今日は最後に夏目房之介さんに関わるエピソードを一つ。多分2001年の頃だと思いますが、少子化のための大学再編に備えるために新学部を作るということで、どのような学部を作るのかという企画委員の仕事をしたことがあります。そのとき有力な意見として出されたのが、サブカルチャーに関する学部、たとえばアニメや漫画を専門とする学部を作ろうという話です。では誰を中心にするかということになり、自分は委員会で夏目房之介さんを推薦しました。他の人たちが知らなかったうえに、結局別の学部を作るということになって、この話は立ち消えになってしまいました。その後彼が学習院に招かれた時は少し残念な気持ちがしました。

by pastandhistories | 2017-12-29 11:32 | Trackback | Comments(0)

目次②

 二つほどお知らせです。以前お伝えした1月13日の会に関して、報告をしてくれるデヴィッド・ディーンからペーパーが来ました。タイトルは、Public History: Past,Present,Future というものです。自分が近世イギリス史研究から研究を始めたことに始まって、パブリックヒストリーへの関与の、その国際化の流れ、affective and performative turn に至る最近の歴史研究の流れ、そしてディーンが編集する A Companion to Public History の内容紹介となっています。いつもと同じに希望者には英文ペーパーを事前に送りますので、希望する方は伝えてださい。

 それから書き下ろしの校正にめどが付き始めました。引用が多かったので、原点との対照が結構大変でした。年内には校正を終えます。出版は出版社の都合によると思いますが、来年3月頃までには出るのではと思います。

 この仕事に目途がつきそうなので、来年からは新しい仕事を出来ればと考えています。今日は少し時間があったので目次の続きを作りました。


研究の根拠2011/03/28

歴史学研究・報告集2011/03/22

コメモレーション2011/03/21

真実の制度2011/03/19

中止2011/03/13

トランスナショナルカルチュラルヒストリー2011/03/09

今日の日記2011/03/03

「場」の制約性2011/03/02

プロジェクト報告書2011/03/01

生きていたことへの不安2011/02/28

単系説・複系説2011/02/26

historicized2011/02/25

identitary2011/02/24

間主観性・客観性2011/02/23

英語読み英語書き2011/02/22

コンテクスト・事実の固い芯2011/02/21

ワールドヒストリー2011/02/20

グローバルヒストリー2011/02/18

3142011/02/17

今日の日記2011/02/15

事実性と構築性2011/02/12

テレビと歴史2011/02/07

しばらく再開します2011/02/06

実在の権利、フィクションの機能2011/02/02

サウスゲートとウィンドシャトル2011/01/31

プロフェッショナリズム2011/01/30

発表への責任2011/01/29

変化と規則2011/01/28

研究の前提としての教育2011/01/27

ある種の抵抗感2011/01/26

繁忙期2011/01/16

消去されたホームページ2011/01/15

ガンとヴァーノン2011/01/13

象徴化すらされえないもの2011/01/12

東部と西部2011/01/10

transnatinalization, visualiza...2011/01/09

外国研究、外国での研究2011/01/08

climate change2011/01/07

reflexivity2011/01/06

歴史の言語負荷性2011/01/05,

全世界2011/01/04,

「過去」2011/01/03,

歴史を「歴史的」に考える2011/01/02,

社会歴史2010/12/31,

歴史知のハイアラーキー,2010/12/30,

他者についての知2010/12/29,

商業道徳2010/12/28,

言葉の理解2010/12/27,

電子的な研究2010/12/26,

歴史への回帰20111/12/19,

国語とナショナルヒストリー2010/12/12,

文化の複層性,2012/05

constructedness2010/11/28,

読み方2010/11/21,

ナショナルヒストリーと国語の形成2010/11/14,

12112010/11/07

まとまりませんが2010/10/30

理由2010/10/29

おしまい2010/10/28

イフヒストリー2010/10/27

同一性、同時性という錯覚2010/10/26

事実への近似性2010/10/25

カナダの歴史研究2010/10/24

前提として想像されているもの2010/10/23

ization al history2010/10/22

ホブズボームについて2010/10/21

なぜ「歴史の死」なのか2010/10/20

歴史をもつ2010/10/19

経験・記憶・想像2010/10/18

相対性の考え方2010/10/17

プロジェクトの再申請2010/10/16

記憶の集合化・歴史2010/10/15


by pastandhistories | 2017-12-14 20:03 | Trackback | Comments(0)

目次①

 しばらく記事を書いていなかったら、またアクセスが増えてきました。不思議なブログです。更新していなかった理由は、校正に追われているため。徐々に目途がついてきたので、集中的に処理しています。引用箇所の再チェックでだいぶ苦労してしまいました。ということなので、初めてのことですが、目次を作成してみました。集中的に書いていた2010年の分です。整理していないので読みにくいですが、以前の記事を見るときの参考にしてもらえればと思います。時間がある時に次の分も作ります。


認識の構造・対象の構造/10/14、D・カーとミンク/10/13、同一性/10/12、第三者からの理解/10/11、先生が教えた嘘/10/10、プロフィール①/10/09I knowed/10/08、アーサー・ペンと『小さな巨人』/10/07、二つの家系図/10/06artifacts/10/05、史料の多様化/10/04、ホライゾンタル・ヴァーティカル、/10/03、文化的断絶/10/02、個人の変化・世代的要素/10/01、書くということ/09/30、メモの整理として/09/29、時間性/09/28、授業とテキスト/09/27、形式・内容/09/26、残余の復讐/09/25、鏡の中の姿/09/24、通時的な思考の意味/09/23、価値としての客観性/09/222時間ドラマの文法/09/21、記号の事実化/09/20、その当時の真実/09/20、「民衆」の「怒り」/09/19、パブリック・スペースの歴史/09/18、スポーツと映画/09/17、記号への還元/09/16、近代科学と歴史/09/15、魔女の実在/09/14、事実と主観/09/13、ネットの辞書的機能/09/12、ノンフィクションと歴史/09/11、グレグ・デニング/09/09、歴史の抑圧性/09/08、自己の歴史化/09/07、モダニティ・ナショナリティ・オーディアンス/09/06、コンテクスト性と個人性/09/05、「日本では」「日本での」という枕詞/09/04、英語と差別化/09/03、グローバリゼーションと歴史/09/02、概念の遡行性/09/01、ホワイトのペーパー/08/31、次回開催地/08/30practical past/08/28、歴史のキャノン/08/27、死者の権利・記憶の構築/08/26、発表と著作権/08/25、歴史のトランスナショナル化への疑問/08/24、ラウンドテーブル/08/24great men と common persons/08/23、歴史のミクロ化/08/22、パソコン不調/08/22Globalization and its Disconte/08/21History, Science, and Practica/08/20、自閉性と国際性/08/19、フランス革命の歴史化/08/18nationalという言葉の象徴化、nationalなものの/08/16、クラシカルなものの象徴化/08/15、象徴と言語/08/14、言葉の循環性/08/13、返事/08/12、歴史を消費する/08/10、機械の利用/08/09、歴史を聞く/08/08、ハワード・ジン/08/07、「下から 」と「下へ」/08/06、時間がない/08/05、ヘイドン・ホワイトと西川正雄さん/08/04、マイクロフィルム/08/04、アラン・マンズロウ/08/03、電子化の中の歴史/08/01、ヘイドン・ホワイトの件/07/31、ロンドン/07/30、ヒストリオグラフィカル・ターン


by pastandhistories | 2017-12-05 23:40 | Trackback | Comments(0)

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