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反動

 今は2月下旬。国立大学の二期校が勤務先であった時は、この時期が一番まとまった仕事ができる時でした。一期校の合格発表が終わるまでは入試事務がない。入試もすぐに終わるので、論文執筆や新学期に備えた準備ができたからです。やたらに入試が複雑になった現在からは、夢のような時代です。
 当然なことだけど、複雑になればなるほどミスも出やすい。それを防ぐための負担も増大します。ミスにどう対応するかは大学にとって大変な仕事。この間話題になっているように、その発覚が遅れれば遅れるほど修正が難しくなります。その一つの解決策として正解の発表ということが議論されているようですが、踏み込めばもっと重要なのは答案の返却です。予備校が行う模擬試験では当たり前のことです。
 という問題を随分以前にその時の入試部長(事務部門)から個人的に相談されたことがあります。この人は誠実な人で真剣にこの問題を考えていたようで、その相談相手に自分がなったということです。その時の自分の返答は、「すべき」です。それに見合うほどの高額の「受験料」を取っているからです。このことは正解もまた公表するということを意味します。大学側の当然の義務。返却後の加筆などという問題は、答案へのコーティングをすれば防止できるから技術的にも難しくはないと伝えました。ただ難しいのは返却に要する時間と、クレームの受付期間。あわせて1週間程度が最低必要。発表までに要する時間を含めると入試実施日から2週間程度のタイムラグが生じます。ということで、この問題は実施には至りませんでした。他大学との重複受験生の多い私立大学にとっては、正式な合格発表日の遅れは入学手続き者の確保に致命的な影響が出てしまうからです。
 このことは実現できなかったのですが、マーク式なら各問題についての受験生の正答率が統計的にわかります。基本的には正解とされている解答をマークした受験生が比率としては多いはずで、それにずれがあるようなら正答とされている答えと教科書などの記述にずれがあるはずだということで、そのチェックを行う。ということで随分とミスのチェックができるようになりましたが、実はこのチェック法は同じ時の入試部長の相談に対して自分が提案し、その後採用されるようになったようです。作業量が増えて教員からは不満があったようなのですが。
 とにかく退職後は入試を始めとした雑用から縁が切れて、多少まとまった仕事ができるようになりました。もっとも、正直退職後も何故仕事を続けているのだろうかという疑問もありますが、雑用が多かった在職時の反動からも知れません。その反動を利用した本が昨日完成しました。ここで内容を紹介した『過去と歴史―「国家」と「近代」を遠く離れて』(御茶の水書房)です。正式の発売日は23日なので、その頃に店頭に並び始めるようです。直接版元に注文すれば、早く入手できるかもしれません。

by pastandhistories | 2018-02-21 10:20 | Trackback | Comments(0)

個人・事実

 鴻上尚志さんの『不死身の特攻兵』(講談社)がベストセラーになっているようです。広告によれば既に13万部。この勢いはしばらく続くでしょう。このことはいろいろなことを考えさせてくれます。
 なによりもこの本が大きな関心を集めた理由。それは出来事の解釈にあった諦念を打破したことです。特攻については随分と数多くの映画が作られ、本が書かれて来ました。代表的なものとしては、家城巳代治監督による『雲ながるる果てに』、それから少し趣きを変えた岡本喜八監督の『最後の早慶戦』という佳作もあります。他方では、近年の『永遠のゼロ』のような意味内容を含むものも少なくありません。しかし、両者に共通していたのは、状況には抗いがたいというある種の諦念です。状況が抗い難いとすれば、残された道はかつて小田実が論じたように、疑問を持ちながら死に赴くという「難死」か、あるいは死を美化する「散華」しかないことになります。
 『不死身の特攻兵』が明らかにしたのは、実はその両者でもない第三の選択肢があったということです。時代がきわめて強迫的なものとして生み出す同調圧力に対して、徹底的な合理的判断を基礎として抗う。それが自らを守ることにもなるし、そしてまたその同調圧力にしたがって他者の抑圧に加担する、この場合他者への圧力というのは、個人としての最も基本的な権利である生死への権利を剥奪するということですが、そのことへの加担を断固として拒否するということ生み出すということです(逆に政治家も上官もメディアも御用知識人も時代に同調し、個人の最も基本的な権利である生死に関する権利を奪ったわけです)。
 逆に鴻上さんの本は、状況がいかなるものであれ、人間として最も守らなければならない倫理的なルールに従うという道はつねに選択肢として残されているということを明らかにしたわけです。おそらくそれが『永遠のゼロ』が闊歩するような時代状況の中で、ある種の諦めを感じていた人に勇気を与えるものだったということが、この本がベストセラーになっている理由でしょう。有力な書き手への忖度から出版社として姿勢を失いかけていた講談社からこの本が出されたことも、今後に意味を持つのではと思います。
 もう一つこの本で重要なことは、歴史研究という視点から言えば、戦争を必然とするようなマクロ的な解釈に対して、一人の個人の行動のあり方というミクロ的な「事実」を対置したことです。「解釈」に対する「事実」の対置。それが歴史研究者ではなく、劇作家によって行われたということは、とても大事なことです。そこでは、過去に対するミクロ的な視点は、むしろフィクションをとおして行われてきたことの方が多かったということが示唆されています。もちろん今回鴻上さんはそれを事実として描いたわけですが、今回この作品が示している問題は、歴史研究者に対しても大変示唆的です。
 最後にもう一つ大事なことは、なんといっても事実を描いた『不死身の特攻兵』がベストセラーになっていることです。その理由は、最初にも書いたように、この本が現在の状況の中で多くの人々がその解答のあり方を求めてアクチュアルな問題に対する答えの一つのあり方を提示するものだからです。ただミクロ的な事実を書けば研究として優れているというわけではありません。現在的な状況を問い、人々の関心へ答えていくものあれば、多くの人に読まれうるものになるということを、『不死身の特攻兵』がベストセラーとなったことは示しています。

by pastandhistories | 2018-02-18 10:01 | Trackback | Comments(0)

『思想』特集号

 今日のタイトルはこんな感じです。『思想』の特集号と言えば、2010年8月号として出されたヘイドン・ホワイトの特集号。なかなか古本が市場に出なかったけど、アマゾンで昨日確認したら3800円くらいでした。この経緯についてはここでも何度か記したけど、自分は編集の際のアドヴァイスを求められ、何人かの執筆者と翻訳者を紹介したということです。自分は翻訳担当ということだったのですが、最後になって解題も書いてほしいと言われ、それも書くことになりました。
 今度の3月号に関しても同じで、自分が最初に求められたのは編集のアドヴァイス。最初は「グローバル・ヒストリー」が企画の柱だったようですが、であるなら言うまでもなく著名な執筆者も多く、その人たちが中心であるべきだと提案したら、今回はやや別の角度から特集を組みたいということで、特集のタイトルは、世界史〉をいかに語るか――グローバル時代の歴史像 となり、巻頭が小川幸司、成田龍一、長谷川貴彦さんによる「世界史』をどう語るか」という鼎談、以下、岡本充弘「グローバル・ヒストリーの可能性と問題点――大きな歴史のあり方」、長谷川貴彦「物語論的転回2.0――歴史学におけるスケールの問題」、岸本美緒グローバル・ヒストリー論と『カリフォルニア学派』」という3論文と、キャロル・グラック「転回するグローバル・ターン」、スヴェン・ベッカート「綿と資本主義のグローバルな起源」、ディペシュ・チャクラバルティ「気候と資本」という3論文の翻訳、それから小田原琳さんによるセバスティアン・コンラートの『グローバル・ヒストリーとはなにか?』についての書評論文ということになりました。

 ということなのですが、「思想の言葉」に関して、これもこの特集であるならふさわしい人が他にいると伝えたのですが、今回の執筆者からということで自分が書くことになり、また翻訳の解題についても、訳者の希望もあって編集にタッチした人が書いてほしいということで、これも自分がということになりました。

 この特集号に関しては昨日連絡があって、閲了となったようです。自分としては自分の能力を超えたところがあったと思うところがありますが、自分に依頼があったのは、グローバル・ヒストリーがトレンドであることは確かでも、そのことへの批判的議論が少ないということだと思うので、そのあたりを率直に書きました。このブログを読んでくれていた人には理解してもらえると思います。紹介される海外の研究者も十分に紹介に値すると考えています。


by pastandhistories | 2018-02-09 11:53 | Trackback | Comments(1)

history goes public

 読んでいた本のノート取りを途中でやめるのは、いくつかの理由があります。書いていたこととあまり関係がないから、他の仕事が忙しいから、さらにはノートを取るながら読み続けるほどの価値がないと判断したから、さらに部厚すぎて時間がかかりすぎるから、といったような理由です。その意味では、あえてほおっておいてもいいわけで、そのままになってしまう。なかなかもう一度手を付ける機会はないけど、この前も書いたように、二つほどの仕事の校正が終わったということで、時間が少しあり、今月はその整理をしているわけです。
 でもノートの中断が以上の理由なので、あえてその内容をあらためてここで紹介するまでもないということもあります。ということなのですが、今日は今度『過去と歴史』に書いたこととも関連することがあるので、ジョン・トッシュの Why History Matters? (2008)を紹介しておきます。『過去と歴史』と少し関連するところは、2001年にイギリスで学生に行われたインタビューで、「1948年のイスラエルによるパレスチナ人の強制移住のことを知っていたのは、4%に過ぎなかった」ということ。実は『過去と歴史では』最初の「知らない事実・存在していなかった事実」で、別のことを例として同じような問題を書いておきました。
 もう一つのトッシュの本で紹介しておきたいのは、『過去と歴史』で取り上げたパブリックヒストリーの問題が別の視点からですが、取り上げられていることです。本全体が歴史をパブリックな場にどう生かしていくのかという問題設定を前提としているところがありますが、そのことが特に強調されているのが History goes public という章題から始まる99頁以降の部分です。この言葉はこれも『過去と歴史』で紹介しているようにカレ・ピヒライネンもポストモダニズム的な視点から論じていますが、トッシュの議論は普通の人々にある歴史を重視しようとするピヒライネンとは異なって、学問的な歴史が、パブリックな場においていかに有効に機能していくのか、具体的には citizenship の形成や、それにもとづく熟議的な民主主義にどのように役立てて行くべきかという視点に立つものです。いわば (Academic) history should go public というような考え方です。あくまでも過去の事実を正確に認識する(批判的に言い換えると構築する)のは、学問的な歴史であって、それがどのように一般の人々によって有効に応用されるべきかというのが、トッシュの議論の立て方です。
 自分の問題の立て方とは少し違うというのが途中でノートづくりをやめてしまった理由のような気がしますが、同じ history goes public
という言葉をもちいていても、ピヒライネンの議論とは対照的で、歴史をめぐる現在的な論争点の一つを理解することができます。

by pastandhistories | 2018-02-07 11:20 | Trackback | Comments(0)

ウィリー・トムスン

 二度にわたって内容と目次を紹介した『過去と歴史―「国家」と「近代」を遠く離れて』は2月23日出版ということで、アマゾンなどでも予告が出ているようです。とにかく内容点検・校正が大変だったので、先日も書いたように今はたまっていたノート作りの整理をしています。同じ経験も持つ人も多いでしょうが、原稿を書きながらノートつくりをすると、ノートが途中のままという本が多くなります。とりわけ欧文の本は随分とそういう状態になる。いったい何冊あるのかというくらい途中でノート作りが止まっている本があるので、その片付けに入りました。といっても、もう関連した論文や本は書き終えているわけだから今更という感じがなくもないけど、逆に多少時間的余裕がないとそうした仕事はできない。やっとそのための時間ができたということです。
 整理し終えた本のいくつかをここで紹介しますが、今日は Willie Thompson, Postmodernism and History (2004) について。そのものずばりのタイトルだけど、このことがテーマの一つである『過去と歴史』では1行も触れていません。発行年次からもわかるように内容的に少し古い。しかし、逆にこの時期の問題の捉え方や論争の状況を知るのには便利です。1960年代の流れ、そして1989年の政治的変化の影響からマルクス主義的な歴史理解には大きな変化が生じるわけで、著者もまた思想的にはマルクス主義的立場をなお擁護しつつ新左翼的な立場にたっていたようで(この本ではトロツキーが何度か引用されています)、そうした立場からポストモダニズム的な歴史論が批判されています。
 残念ながら一般的な議論が多く、また議論の流れが時々ずれるところがあって正直あまり深みは感じさせませんが、便利なのはおそらくは世代的なこともあって、E・P・トムスンから生じた議論の枠組みと、G・S・ジョーンズ、パトリック・ジョイス、ジェイムズ・ヴァーノン、あるいは History Workshop の関連がわかりやすく論じられていることです。きわめて簡単に整理すると、E・P・トムスンが階級を forming ではなく making という視点から、つまり階級を経済関係などに規定される即自的なものとしてではなく、consciousness の自己形成としてとらえたことが、階級への文化的アプローチを生み出し、そのことが逆に言語分析を媒体としてどのような意識が人々の間にあったのかということを問題とするジョーンズらの流れを生み出したという議論です(マルクス主義を基本的枠組みとしたイギリスの社会史からなぜ文化史への流れがなぜ生じたかもこうした観点から説明されています)。
 他にもポストモダニズムによるメタナラティヴ批判がミクロヒストリーを生み出したという興味深い指摘(だとするとギンズブルグはどう位置づけるのかという問題が生ずるわけです。もちろんその問題にも多少触れています)もあります。なおこの本は Palgrave が出した History and Theory シリーズの1冊で、簡単な用語説明がついています。そこではこの間のディーンの会でも翻訳しにくい言葉としてあげた agency は、postulates the ability of human beings individually or collectively to consciously intervene in the historical process であると説明されています。これもまたわかりやすい説明です。  

by pastandhistories | 2018-02-02 22:16 | Trackback | Comments(0)

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